多様なルーツを持つ入所者たち
さらに本展では、ロシアやインドネシアにルーツを持つ入所者にもスポットを当てている。例えば、亡命ロシア人貴族の末裔として1928年に日本で生まれ、発症後に栗生楽泉園(群馬)へ入所したコンスタンチン・トロチェフ(1928~2006)の生涯を貴重な資料とともにたどっている。また、1965年にインドネシアから留学生として来日中に発症し、多磨全生園(東京)に入所した森元美恵子(1946~)は、園内で日本人男性と結婚したことで回復後も日本に留まることとなった。森元の「戦後の療養所には多様なルーツを持つ人々がいた」という証言が、本展を企画する重要な手がかりになったと木村は振り返る。


展示の最後を締めくくるのは、多磨全生園の1955〜57年の年報に記された、名もなき1人の台湾人の存在だ。数字以外に何も記録が残されていないこの人物を通して、1人の人間が歴史に記録されること、あるいは埋もれていくことの意味を問いかける。
本展において極めて重要なのは、彼ら/彼女らが受けた過酷な被害の事実に触れつつも、そうした複雑に重なる抑圧のなかでいかに尊厳やルーツを守り抜こうとしたかという点だ。会場で提示された5つの切り口は、まさにその「生の営み」そのものを示している。
世界各地で排外主義が強まる現代において、ハンセン病問題に刻まれた事象は決して過去の他人事ではない。ハンセン病問題への理解を深めると同時に、多様なバックグラウンドを持つ人々とどう共生していくべきか、多くの示唆を与えてくれる展示であった。
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