学芸員・大内曜インタビュー:いくつもの「場所」と「時間」を共鳴させ、東京都美術館の100年を語り直す【3/3ページ】

交差する「この場所の風景」が生み出すものとは

──三部それぞれにまったく異なる題材が並びました。これらは互いにどう結びついていると考えられるでしょうか。

大内 東京都美術館が誕生したきっかけには、九州で炭鉱や石炭商を営んでいた実業家・佐藤慶太郎による100万円(現在の40億円相当)の巨額な寄付が背景にあります。炭鉱由来の富によって当館が生まれたいっぽうで、大牟田の炭鉱で働いていた江上茂雄は、当館とはなんの関係も持たずに独自の活動を続けていました。佐藤は筑豊、江上は筑後と、地域は異なりますが、日本の近代化を支えた九州の炭鉱の存在が、いっぽうで東京に美術館をもたらし、いっぽうで炭鉱で働く人びとに何をもたらしていたか。そういったことを想像するきっかけになればという思いもあります。

 また例えば、第三部では、藤岡鉄太郎の父が1900年代初頭、売薬業で成功したのちに当時日本で生産が拡大した絵具やクレヨンの製造業に参入しようとしたという話が登場します。その鉄太郎はブエノスアイレスでは、ほかの日本人移民とともに花き産業に関わりました。同時期、尋常小学校に通っていた江上はクレヨンと出会い、藤岡鉄太郎が花の栽培業や花屋を営んでいた頃、青年期の江上は道端の花に慰められ、その細密描写に取り組んでいました。直接的な関係があるということではないのですが、11歳違いで同時代を生きた2人を取り巻く社会状況や、「花」というものへの特別な関わりから見えてくることや感じられることもあります。本展の登場人物たちの歩みや展示作品の細部をじっくり読み取っていくと、100年という時代や社会と、そこに確かに生きていた無数の様々な人びとの存在が浮かび上がってくると思います。

 現在日本で暮らす私たちにとっても、例えば遠くの国で起こっていることだと感じてしまいがちな戦闘行為や対立関係等が、私たちの日々の生活に様々なかたちで影響をもたらすのだと実感させられるようなことが続いていると思います。たとえ自分にとって何も影響がないと思われることであったとしても、それを無関係だと感じてしまうこと自体が、関わりを避けるという無自覚的な選択をしているということもできるかもしれません。過去の出来事についても、一見すると無関係な事象同士であったとしても、それらが起こった社会状況、時代背景などに目を向けていくと決して関係がないとは言えない。本展では、それらをはっきりわかりやすいかたちで明示しているわけではないのですが、二度の世界大戦という世界的な大事件も経験したこの100年、20世紀という時代を通して、離れたそれぞれの場所でどういったことが起こっていたのかということへの想像を広げていくことに、本展がつながっていったらいいなと考えています。

──東京都美術館は開館から100年が経ちました。この節目に開催される本展を通じて、これまでの美術館の歩みとその在り方についてどのようにお考えでしょうか。

大内 本展は「東京都美術館の100年」を、様々な角度から見つめ直そうという試みです。多様な捉え方ができるように構成していますので、鑑賞者それぞれが何かを感じ取っていただけると信じています。

 鑑賞される方ご自身にも、それぞれの「100年」や、大切な個人史があるかと思います。それらと展示が接続し、響きあえばなによりです。本展をきっかけに無数の「100年の歴史」が循環し、豊かな歴史を形成するきっかけになればと願っています。

 また、私たち東京都美術館は「美術館を人々のより良い生活に寄与する場所にしていきたい」という理念を掲げています。本展で提示したのは、美術活動を精神的な支えとしていた人たちの姿です。 江上茂雄も藤岡鉄太郎も、自身の作品を売って生活をしていたプロの画家ではありませんでした。他者に評価されずとも、絵を描き続けることを人生のなかでなによりも大切にしていたのです。

 本展は、そうした美術や表現の根源的な力に焦点を当てることで、「個人の営み」と「美術館という公の制度」がこれからどうつながっていけるのかを皆さんと一緒に考える機会にできればと思っています。そして、この展覧会に触れることが、皆さんのより良い生活の一助になれば、企画者としてはうれしいかぎりです。

東京都美術館外観 写真提供:東京都美術館

編集部

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