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ヘルナン・バス インタビュー。冴えないセールスマンたちの、一瞬の晴れ舞台を描く【4/5ページ】

揺れる時期を描き続けて

──作品ごとに、じつに多くのキャラクターが登場します。一人ひとり、まったく別の人物として描いているのですか?

バス 20年間描いてきた人物は、ぜんぶ同じキャラクターとも言えるかもしれません。同じ年頃で、同じ態度をとり、同じ感情を抱えているからでしょう。でも、私自身は同一人物だとは思っていません。この絵の彼とあの絵の彼が、一緒につるむ姿なんて想像できませんね。顔が似ているとよく言われますが、骨格のタイプを繰り返すことはあっても、見た目まで同じではないんです。 

──それにしても、みんな細身で美しい青年ばかりですね。1980年代のゲイ男性の理想像は筋肉質で、そこに馴染めなかったことから細身の人物を描きはじめたそうですね。クィアカルチャーをめぐる状況が大きく変わったいま、作品の受け止められ方にも変化はありましたか?

バス 見た目についての反応は、あまり変わっていませんね。最近はむしろ「なんで男ばっかり?」「しかも白人ばっかり?」と聞かれるようになりました。考えたこともなかったので、そこは新鮮でした。だったら、それを逆手にとってみようかと。いま構想しているのは、16歳の誕生日を迎えた白人の少年の絵です。いまの世の中、アメリカの16歳の白人男子ほど危険な存在はいませんからね。 

ヘルナン・バス「TIME TO SHINE! (the salesmen)」展の展示風景 Photo by Osamu Sakamoto. Courtesy of the artist and Perrotin

──声高に主張することはなくても、作品からはクィアな感性がにじみ出ています。その感性は、どのようにして作品に宿るのでしょう?

バス 私の作品を知らない人が展示を見に来るのを眺めるのが好きで、ときどきこっそり後をついて回るんです。あるとき、展示を3分の1ほど進んだところで、男性が連れの女性に「たぶんこの作家、ゲイだよね」と言っていました(笑)。そこまできてやっと、という感じですね。

 ゲイの私からすると、クジャクは美しい。なぜかはわかりません。でも、クィアな人たちが不思議と惹かれるものがあると思います。正直、「クィアネス」という言葉はあまり好きじゃないんですけどね。少なくとも私のなかでは、この絵に「ゲイです」と主張しているところはひとつもありません。でも、ヤードセールの(絵ではその)男性の趣味を並べてみると、「クィア」の本当の意味が見えてくるのかもしれない。フラミンゴに『クリープショー』に『バンビ』(*1)、どうして全部好きなの?ってね。やっぱり彼には、どこかクィアなところがあるでしょう。ゲイという意味でも、もともとの「風変わり」という意味でも。

*1──『クリープショー』と『バンビ』は、それぞれ1982年に公開されたアメリカのオムニバス形式のホラー映画と、ウォルト・ディズニーが製作し1942年に公開された、子鹿の成長を描くアニメーション映画。

──少年期から大人へと移行するあいだのどちら付かずの危うげな状態を体現している「ファグ・リンボ(Fag limbo)」という言葉は、どのようにして生まれたのですか?

バス もう20年以上前に考えた言葉ですが、私がずっと描いてきたことを、いまでもぴったり表していると思います。自分が何者で、どんな人間なのかもわからず、どっちつかずのまま揺れている時期。その状態は、ある日には地獄のようで、別の日には天国のようにも感じられるんです。「ファグ・リンボ」という言葉は、昔ほど使わないかもしれません。でも、あの頃の感覚そのものは、いまも消えていないです。世界の一部の場所では、なりたい自分を自由に選べるようになったとしても。私自身がその只中にいた頃は、そんな選択肢すらありませんでしたから。

ヘルナン・バス《He sells seashells by the seashore》(2026)紙に木炭、鉛筆、アクリル、シルクスクリーン 203.2 x 114.3 cm Photo by Silvia Ros. Courtesy of the artist and Perrotin

編集部

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