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2018.4.5

危うげな「曖昧な時間」を描く。画家へルナン・バス インタビュー

キャンバスの中にたたずむ青年たち。彼らの物憂げな表情と鮮やかな色彩のコントラスト、繊細な筆致とエキゾチシズム漂う装飾的なモチーフの融合が、鑑賞者の目をとらえる。絵画ににじみ出る幸福と自身を貫く美学について、日本初個展のために来日した画家が語った。

聞き手・文=島田浩太朗

ヘルナン・バス ペロタン東京にて Photo by Takao Iwasawa
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物語と絵画を行き来しながら 自身の在りかをキャンバスに描く

 へルナン・バスは、1978年にアメリカ南部フロリダ州マイアミで生まれ、同地のニュー・ワールド・スクール・オブ・アーツで学び、現在はデトロイトとマイアミを拠点に活動を続ける。幻想的な風景の中に妖艶なたたずまいで思索にふける繊細な文学青年のような人物を数多く描いてきたバスは、第53回ヴェネチア・ビエンナーレのデンマーク&北欧パビリオン「ザ・コレクター」展(2009、キュレーターはエルムグリーン&ドラッグセット)に参加するなど、近年ますます国際的に注目を集める。ギャラリー・ペロタンでの個展は今回で6回目となるが、日本での初個展となる「異郷の昆虫たち」展開催のために来日した作家に話を聞いた。

「異郷の昆虫たち」シリーズを制作中のヘルナン・バスのアトリエ風景 Courtesy of PERROTIN

 「本展タイトルは、イギリスの博物学者ジョン・ジョージ・ウッド著『海外の昆虫—その構造、生態と変態の報告』(1874)から着想を得ています。数年前にこの本と出合ったのですが、全体を通して昆虫たちの様子がまるで人間のように詩的に描写されていることに大きな感銘を受けました。かつて19世紀ヨーロッパでは、ダンディーという表現は(現在のように身なりや身振りが洒落た魅力的な男性を賛辞する言葉としてではなく)貴族を真似る、軟弱で奇妙な格好の男性たちを称して用いられていました。実際、当時の風刺画で、彼らは世俗から逸脱した怪物のように扱われ、まるで昆虫のように描写されていました」。

 19世紀デカダン派の作家オスカー・ワイルドやジョリス=カルル・ユイスマンス、フランスの画家グループのナビ派から影響を受けたバスは、文学的想像力と絵画的想像力のあいだを自由に行き来し、それらの規範となる言語や構造、方法論などを領域横断的に融合、あるいは重ね合わせることで、絵画における「象徴」や「装飾」といったクリシェ(常套句)的なものに新たな生命力を与える。古さと新しさが共生するバスのスタイルはどのようにして生まれたのだろうか。

 「最初から現代美術に興味があったわけではなく、ロマン主義時代(18世紀末〜19世紀前半)にひかれていました。現代作家に興味を持ち始めたのも、本当にここ5年くらいの話です。昔、実際にモネが住んでいた場所にレジデンスをさせてもらったことがあります。もともとモネの大ファンというわけではなかったのですが、かつて彼が過ごしたアトリエを実際に訪れ、彼が愛した庭園を歩きながら、時には真夜中にこっそりと部屋から抜け出して、月明かりの下でボートに乗ってみたりしながら、その場所でゆっくりと時間を過ごしたことで、一気に彼の大ファンになりました。私が育ったマイアミの建物は古くても築100年程度ですから、そのとき初めてヨーロッパの古い街並みや建築、庭園の重層的な時間と空間の豊かさを身をもって体感したわけです」。

展示風景。ペインティング9点、ドローイング11点が発表された Photo by Kei Okano

セクシャリティを問いキャンバス上で対話する

 周辺環境に反応して千変万化するカメレオンの如く、絵画空間のなかで主役を演じる夢虚ろな美青年たち。バスはそうした彼らの様相を「ファッグ・リンボー(Fag Limbo=少年期から大人へと移行するあいだのどっちつかずの危うげな状態)」と呼ぶ。またその奇妙で妖艶なたたずまいは、幼虫から成虫に変態したり、あるいは外敵から身を守るために周辺環境に擬態したりする昆虫たちの身振りを想起させる。

 「自分自身がゲイであるか否かについて、理解しているようで理解していないような、そのような『曖昧な時間』をとても魅力的な瞬間と感じています。演劇に例えるなら、インターミッション(幕間、休止、中断)に当たる部分が私の作品です。これから物語がどのように展開していくのか。そのクエスチョンマークが浮かぶ瞬間が私の作品には含まれています。実際、ゲイの小説でもそのようなシーンが必ず存在しています。そういった意味では古典的なトピックと言えるかもしれません。それは『目覚める瞬間』のようなものです。また同時に言葉に出さなくてもゲイだとわかるコードやヒントみたいなものも作品の中にちりばめようとしています。私はそうした『ファッグ・リンボー』というフェーズをとても美しいと思っています」。

ヘルナン・バス 彼は花を擬態する唯一の種 2017 リネンにアクリル絵具 152.4×121.9cm

 17年間、幼虫として過ごすセミと、17歳でゲイであることをカミングアウトした作家自身。強い殺傷能力があると思われているが実際はそこまでの毒性のないクモと、マスクを被って人を怖がらせる素振りを見せているが実際はそんなに怖くない人物。本来、木の枝に擬態するはずが、何故かまったくカモフラージュすることなく目立つ真っ青な色をしている特殊なナナフシと、ゲイ。聴く人によって美しい音楽に聴こえる場合もあればただの雑音にしか聴こえない場合もあるコオロギの羽音と、バイオリンの音色。幼虫期を4年間水中で過ごし、成虫になった瞬間、水面から顔を出して息を吸って、木をよじ登っていくトンボと、自身がゲイであることを告白した途端、周囲に強くアピールし始めるゲイの身振り。花に擬態するカマキリと、美しく着飾るゲイ。

ヘルナン・バス 人かの慰めになるような彼のメロディは、うるさい隣人のために 2017 リネンにアクリル絵具 127×101.6cm

 古今東西の様々な物語や神話といった想像世界のモチーフだけでなく、現実世界である自然環境の中に生息する生物の変態や擬態に着目することで新境地を開いたバスは、それらをキャンバスの中で象徴性や詩的比喩など文学的かつ絵画的な仕方で対話・融合させることで、妖しさと美しさの同居するユーモラスな作品世界をつくり出す。有機的に連関したトラップが幾重にも張り巡らされたその複層的な絵画空間は、見る者を魅了してやまない。

『美術手帖』2018年4・5月合併号「ARTIST PICK UP」より)