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パトリック・サン インタビュー:アジアを横断するクィア・アートの対話

台北、バンコク、香港で開催され、そしてソウルと東京(2027年2月)でも開催が予定されている香港のサンプライド財団主催の展覧会シリーズ「スペクトロシンセシス」は、アジア各地の公立美術館と協働しながら、クィア・アートの歴史と現在を接続する試みとして広がりを見せている。3月20日にソウルのアートソンジェセンターで開幕する「スペクトロシンセシス・ソウル」を機に、同財団の創設者であるパトリック・サンに、シリーズの理念と今後の展望について聞いた。

聞き手・構成=王崇橋(編集部) 翻訳=宮澤佳奈

パトリック・サン Courtesy of Sunpride Foundation

「スペクトロシンセシス・ソウル」と韓国のクィア・アートの現在

──「スペクトロシンセシス・ソウル(Spectrosynthesis Seoul)」は、韓国の美術館においてクィアの主題やナラティヴに焦点を当てた初めての大規模展覧会として位置づけられています。あなたの視点から見て、本展をいまこのタイミングで、韓国の公立美術館で開催することは、どのような意味を持つのでしょうか。

パトリック・サン(以下、サン) サンプライド財団(Sunpride Foundation)にとっての使命は、これまで一貫して、LGBTQ+の課題がまだ可視化されていない場所、あるいはさらに強化される必要のある場所において、プラットフォームを創出することでした。ソウルの中心部に位置し、広く尊敬を集めてきたアートソンジェセンター(Art Sonje Center)という機関で本展を開催することは、過去、現在、そして未来にわたるクィア・コミュニティの声の正当性と重要性を力強く示すメッセージを社会に発信するものです。

ソウルのアートソンジェセンター Courtesy of Art Sonje Center

 アートソンジェセンターは、アジアにおける現代美術の言説形成において長らく重要な役割を果たしてきました。クィアのナラティヴに関わる長い取り組みの歴史を背景に、「スペクトロシンセシス・ソウル」はそのレガシーを引き継ぎながら、新たなマイルストーンを刻む試みでもあります。本展が発するメッセージは明確です。クィア・アートはこれまでもつねに韓国の文化の一部であり、LGBTQ+コミュニティの物語は、この国でもっとも重要な文化的空間において語られるに値するということです。

──「スペクトロシンセシス」の各回は、それぞれの開催地の社会的・文化的条件に密接に応答してきました。ソウル版を構想する過程で、とくにどのような課題や喫緊性を感じましたか。

サン パートナーとしての私たちの立場から言えば、印象的だったのは、アートソンジェセンターがいかに綿密にローカルな文脈と向き合っていたかという点です。4年間にわたる準備期間には、美術館主催のリサーチ展やリーディンググループなどが行われ、韓国におけるクィア展覧会とはいかなるものであるべきかを理解しようとする、彼らの深いコミットメントを示していました。

 具体的な課題についてはキュレーターの方々に委ねたいと思いますが、私が理解するかぎりの方向性としては、これまで見過ごされてきた、あるいは消去されてきた歴史を回復することが核心的な課題のひとつです。韓国におけるクィアの物語は、個人的な記憶、アンダーグラウンドな場所、私設コレクションなど、断片的なかたちで存在しており、失われる危険にさらされています。韓国のアーティストや彼らの歴史について、外部の視点による枠組づけではなく、オーセンティシティをもって語ることができる状況をつくることが喫緊だったと言えます。

ユン・ジョンイ Upper Half Body (Wu) 2023 Courtesy of the artist

──本展には、世代や地域を越えて70名以上のアーティストが参加しています。財団の立場から見て、それは広範なクィア・アートの歴史と、今回でいえば韓国といった、ローカルな社会的現実をどのように接続していると考えていますか。

サン 「スペクトロシンセシス」というタイトルは、「スペクトラム(spectrum)」と「光合成(photosynthesis)」という2つの言葉を組み合わせたものです。多様性と、交流を通じて生まれるポジティブなエネルギーの生成を意味しています。今回の展覧会では、芸術監督のキム・ソンジョン(Kim Sunjung)氏が、この「交流」を実現するための複数的な構造を設計しています。本展は単一のキュラトリアル・ヴォイスによるものではなく、2つのセクションから構成されています。ひとつはソンジョン自身がキュレーションした「Double-Sided Shell」、もうひとつはイ・ヨンウ(Yongwoo Lee)氏による「Tender」です。また今回はプロジェクトにおいて初めて、アジアのアーティストにとどまらず、国際的な参加へと開かれています。

 さらに、これまでにないアーティスト主導のアプローチとして、アーティストのキム・ソンファン(Sung Hwan Kim)氏が、サンプライド財団のコレクションに対して自身の個人的かつ知的な視点から関わる機会が設けられました。こうした方法論を通じて本展では、アーティストとコレクター、歴史と現在、ローカルと海外といった多様かつ多角的な角度から、クィア・アートを照射することが可能になっています。

──本展には、財団のコレクションに加え、新たな委嘱作品も含まれています。新作の制作を依頼する際、どのような観点が判断の基準となるのでしょうか。また、それらの作品においてローカルな文脈はどれほど重要ですか。

サン そうした決定はパートナーである会場側に委ねられています。アートソンジェセンターは、韓国のクィア・アートとその緊急性についての深い理解にもとづき、新たなコミッションのための独自のビジョンを構築しました。ディレクターのソンジョン氏は、美術館全体を活性化された空間へと変貌させています。展示室だけでなく、廊下、屋外の庭、シアター、さらには旧チケットブースに至るまでを展示空間として活用しました。新作の委嘱作品は、こうした具体的な空間条件と美術館のキュラトリアルな枠組みに応答するかたちで制作されています。

 例えば地下のシアターは重要な場所となり、複数のアーティストの作品がパフォーマンス空間を巡る旅のような体験を生み出しています。舞台、客席、バックステージといった劇場の建築そのものが、観客がどのように作品と出会うかの一部となっているのです。このようなサイト・レスポンシヴな委嘱は、自館の建築を深く理解している機関だからこそ実現できるものでしょう。

ソン・セジン Passing Present and Preserving Past 2024

──今回の展覧会は、ソウルのクィア史との関係において、とりわけ記憶、場所、そして形式に強い焦点を当てています。なぜローカルなクィア史をアーカイブし、位置付け直す行為が、いまこれほど重要なのでしょうか。

サン それは、もし私たちがこうした歴史をアーカイブし、位置づけ直さなければ、それらは失われてしまうからです。アートソンジェセンターが長年にわたりクィア・コミュニティを支援してきた歴史を踏まえ、ソンジョン氏と彼女のチームのリサーチは、忘れられたり抑圧されたりしてきた重要な物語を明らかにしています。また、イ・ヨンウ氏が、特定のローカリティを背景にしながら、韓国のクィア文化史を空間的・時間的に探究している点にも大きな関心を抱いています。

 部分的な記録、断片化された記憶、そしてエフェメラをつなぎ合わせることで、本展は、祝祭と闘争、可視性とその代償という双方のための空間を保持しようと試みています。こうした回復の行為は、たんなる承認のためだけではなく、将来のクィア・アーティストや個人たちのための基盤を築くためにも不可欠なのです。

編集部