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『ジル・ドゥルーズ講義録 絵画について』から『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』まで。2026年4月号ブックリスト

新着のアート本を紹介する『美術手帖』のBOOKコーナー。2026年4月号では、『ジル・ドゥルーズ講義録 絵画について』から『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』まで、注目の8冊をお届けする。

文=中島水緒(美術批評)+青木識至(美術史学)

『東大「芸術制作論」講義 手を動かし知をつかむ、創発のポイエーシス』

村山悟郎=著
フィルムアート社 2600円+税

 東京大学で行われた、レクチャーとワークショップをセットとする全10回の連続講義を単行本化。著者が依拠するのはフランシスコ・ヴァレラらが提唱したオートポイエーシスの理論。そこから日本庭園の空間構成、文化人類学におけるブリコラージュ、秩序を自動生成するセルオートマンの仕組みといった知見に接続し、初学者にも共有可能な制作理論を構築する。全講義に通底する自律性と展開可能性を備えた作品への志向は、時流を問わず美術教育が課題とすべき作品制作のコアだろう。(中島)

『ジル・ドゥルーズ講義録 絵画について』

ジル・ドゥルーズ=著
ダヴィッド・ラプジャード=編
宇野邦一=訳
河出書房新社 3800円+税

 フランスの哲学者ジル・ドゥルーズが1981年にパリ第8大学で行った絵画に関する哲学講義の邦訳。画家のテキストを自在に引用する哲学者の手つきは時に大胆だが、描く行為を侵食する「カタストロフ」と、それを統御する「ダイアグラム」に関する省察は示唆に富んでいる。講義の声調を再現する訳文は、教壇の上で思考を重ね、悩みつつも前進する彼の姿を映すようで面白い。ほかの著作との関連を指摘し、文脈を補完する註釈は、編者・訳者による緻密な作業の賜物であり、膨大な彼の知的遺産に臨むための格好の入り口となるだろう。(青木)

『すべてがアートになったあと 現代美術と理論の戦略』

マリオ・ペルニオーラ=著
鯖江秀樹=訳
水声社 2200円+税

 イタリア現代思想の第一人者が晩年に著した現代アート界の現状分析。1960年代のポップ・アートの台頭以降、すべてがアートになる状況はアートワールドの矛盾と自壊を招き、21世紀に至って最終局面を迎えた。この状況への処方を探るべく、「アート」の自己規定をめぐる思考に決定的なぐらつきをもたらした2013年のヴェネチア・ビエンナーレを奇貨として、未来の芸術戦略を構想する。著者の提示する「アート性」「アート化」「アーティスト化」といった概念がどこまで有効か、今後の議論につながりそうだ。(中島)

『歴史修正ミュージアム』

小森真樹=著
太田出版 3000円+税

 博物館学を専門とする著者の欧米ミュージアム探訪記。植民と略奪の果てに築かれた「輝かしい負の歴史遺産」を理解し、過去を「なかったこと」にしないための方策を考察する。幅広い事例はいずれも、ミュージアムの構造や制度を可視化することで、より民主的な変革を見据えており、注目に値する。語りを問い直し、社会の見方を「修正」するミュージアムの機能は、史実のような知の共通基盤そのものを疑う陰謀論や排外主義の絶えない現代にこそ見直されるべきだろう。著者が垣間見た欧米の現実は、決して対岸の火事ではない。(青木)

『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』

ALT356=著 
佐野ゆか=訳
フィルムアート社 3400円+税

 近年、インターネット・ミームとして流行したリミナルスペース。荒廃した都市空間、ひとけがなく本来の機能を失った施設など、不気味な空間のイメージがかくも現代人の心性にフィットするのはなぜか。リミナルスペースが観測されるメインフィールドは主にSNS、ゲーム、ホラー映画などだが、本書ではブルータリズムの建築、シュルレアリスムの絵画、ダニエレブスキーによる実験小説『紙葉の家』といった近現代の作品群にもその美学の源泉を見出して紹介。ディストピアの悪夢が転じていつのまにか心地よい酩酊感に。(中島)

『クィアな時間と場所で トランスジェンダーの身体とサブカルチャーの生』

ジャック・ハルバスタム=著 
菅野優香、羽生有希、井上絵美子=訳
花伝社 3800円+税

 アメリカの田舎町で発生した殺人事件に関する言説や表象の分析を起点に、クィア、トランスジェンダーの身体と美学を再構成する。サブカルチャーから、主流映画、伝記、現代美術にまで及ぶ本書の議論が照らすのは、不安定な身体化を生きる者たちの「クィアな時間と空間」の存在である。誕生、結婚、生殖、死という「標準的」なスケジュールの埒外にある生の可能性。従来のポストモダン地政学が見落としてきた、ジェンダーやセクシュアリティの問題に迫る。クィア理論の「時間論的転回」を決定づけた画期的著作の邦訳。(青木)

『イラストで出会う 女性たちのいる美術史 隠されてきた「偉大な」芸術家の物語』

 美術史の陰に置かれてきた女性芸術家たち──ルネサンスから現代美術に至る23人をイラストレーションとともに辿る一冊。教育や社会制度といった障壁に抗いながら、作家の生きた時代背景のなかでいかに筆をとり続け、作品を後世に残したかを描き出す。特権的な「天才」神話を解体し、多様な個性が生きた足跡を提示する試みは、現代の視座で過去を問い直す重要な足掛かりとなるだろう。(編集部)

『美術館強盗事件簿──10ヵ国10事件の顛末』

フィリップ・デュラン=著 
神田順子、田辺希久子=訳
草思社 2600円+税

 名画を狙う強盗たちの手口を追う本書は、たんなる犯罪録に留まらない。盗難が本格化するのは「絵画の商品価値が高まってからである」、著者はそう喝破する。奪われる対象としての美術品は、市民に開かれた美術館という機関の盲点でもある。崇高な「美」でありながら、換金性のある「資産」へとも変貌するなかで、美術館の防壁はいかに突破されたのか。美術史の裏面をスリリングに炙り出す。(編集部)

『美術手帖』2026年4月号、「BOOK」より)

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