技術力と知力を駆使した複合的アプローチで国家の暴力を暴く
ロンドンに拠点を置く調査機関「フォレンジック・アーキテクチャー」の活動を紹介する書物が邦訳された。著者は同機関の主宰者にして建築家のエヤル・ヴァイツマン。関連本としては2024年に邦訳された『調査的感性術 真実の政治における紛争とコモンズ』(中井悠訳、水声社)が記憶に新しいが、本書の原著は『調査的感性術』に先立つ2017年であり、国家の引き起こした暴力を法医学的な手法で解析・追究してきたフォレンジック・アーキテクチャーの過去の実例集となっている。
しかし、ここで扱われる事例の数々は、世界各国の深刻な政治的局面を伝えるドキュメントでもあるがゆえに、入門書的な読み口を期待する読者にはあまりにも重く感じられるかもしれない。本書は導入部を加えた3部構成。第1部では、「フォレンジックス(科学捜査/法医学)」というアプローチが従来その手法を駆使して市民を統治・支配してきた国家権力へのカウンターであること、フォレンジック・アーキテクチャーの活動は事件を解明するための証拠・証言収集や検証作業に留まらず公の場(フォーラム)への「提示=上演」までを含むことが提示される。いわば、彼らの実践がどんな理論・理念を骨格とするかを明らかにするためのプレゼンテーションであり、この導入自体がひとつの「上演」となっている。第2部では、イスラエルとパレスチナの紛争をめぐって数年にわたって取り組まれた調査活動が報告される。2014年のガザ侵攻の際、フォレンジック・アーキテクチャーが注目したのはもっとも紛争の死者数が多い8月1日だった。彼らは「1日」に起きた暴力と破壊の痕跡を1年かけて調査する。しかもその調査は、ソーシャルメディアから集めた膨大な画像から「影=アナログな日時計」を読み、空に立ち込める爆弾雲を測量して爆撃の経緯を分析するなど、複合的な手法を組み合わせて行われる。気象学的知識の活用は第3部の事例にも見られ、そこではかつてベドウィンが居住していたナカブ/ネゲヴ北部の砂漠地帯をめぐる土地闘争の歴史が、同地特有の環境的条件や、土地所有権を争う裁判記録によって読み直されてゆく。
彼らの解析の矛先は、地上(地表)、上空(気象)、さらにはトンネルのような不可視の地下空間にまで及ぶ(いまや地球上のどこにも人間の利権争いが起こらない空間はないことを示すかのように)。衛星写真の解像度の限界に直面すれば、証拠未満のその痕跡を「検知可能性の敷居」と呼び、表象システムにおける痕跡の作用自体を解析の俎上に載せる。本書の重要な鍵概念であるこのワードは、かつてホロコーストにおけるユダヤ人虐殺についてクロード・ランズマンとジョルジュ・ディディ=ユベルマンのあいだで起こった「表象不可能性」をめぐる議論も思い起こさせる。絶対的な悲劇の表象を禁忌としたランズマンに反論し、ユベルマンは残された写真の断片を粘り強く読む作業を選んだのだった。これに対し、法医学、科学、歴史学、美学、建築学などあらゆる分野の学知と技術を注いで真実を暴こうとするフォレンジック・アーキテクチャーの実践は、表象不可能性の議論の先を直接行動によって果敢に切り開くものではないか。
フォレンジック・アーキテクチャーは市民の立場から現実の政治に介入する。その調査が迂遠な道程を辿るとしても、複数のアプローチをもつ検証と上演の在り方に、読者は襟を正して多くを学ぶことになるだろう。
(『美術手帖』2026年4月号、「BOOK」より)





















