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書評:戦後日本美術を根底から揺るがし、現代の世界と重ねる。『戦後初期日本のアートとエンゲージメント』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート本を紹介。2026年1月号では、ジャスティン・ジェスティによる『戦後初期日本のアートとエンゲージメント』を取り上げる。日本の戦後初期における芸術と政治の関係を再検討する本書を、現代美術史研究家・筒井宏樹が評する。

文=筒井宏樹(現代美術史研究)

戦後日本美術を根底から揺るがし、現代の世界と重ねる

 1950年代とはいかなる時代だったのか。これまでは近代化の進む濃密な60年代を準備する過渡期として位置づけられてきた。そして、「具体」から「もの派」へと発展的に続く戦後日本美術の正史とされる物語が繰り返し描かれてきたのである。近年の戦後日本美術のグローバルな再評価は、欧米の美術の脱中心化に寄与するいっぽうで、むしろこの正史を強化してきた側面がある。

 ワシントン大学准教授のジャスティン・ジェスティによる本書は、50年代までの日本の戦後初期、すなわち不安定で異種混淆的な時代における芸術と政治の関係を再検討する。正史を紡ぐいわば「爆発型の前衛」は、しばしば主流の価値観や既存の制度に対する告発やパロディといった揺さぶりの形式を特徴としてきた。対して、本書が焦点を当てるのは、不安定な状況のなか実践される建設的で創造的な営みである。ジェスティが「変成型の前衛」と呼ぶこれらの営みは、「コミットメント、組織化、目標指向性、漸進的変化」を重視する。こうした特徴は、ジェスティもその論者の一人である2010年以降のソーシャリー・エンゲイジド・アートの言説で議論されてきた持続、献身、連帯といった概念とも通底している。

 この手法は、丸木位里・俊夫妻による《原爆の図》の分析によって如実に示されている。《原爆の図》は、二人の画家が被爆者の証言をもとに共同作業で描いた連作だが、そのイメージの拡散には多くの支援があった。活動家や地域コミュニティの協力による全国巡回の展示を通じて、数十万人以上が目撃した。《原爆の図》は、占領期に検閲されていた情報を伝える役割を果たし、芸術が制作、展示、議論、普及といったプロセスを通じて形成される創造的な営みであり、政治に介入するオルタナティブな実践となりうることを示す。本書は、こうした手法からルポルタージュ絵画、創造美育協会と羽仁進、九州派という主に3つの運動を綿密に論じている。 

 戦後日本美術の正史のなかで、ルポルタージュ絵画や九州派は、ともすると「爆発型の前衛」として捉えられてきた。だが、本書では当時の市民によって形成された「民主的文化」と共通する志向性の側面を明らかにすることで再評価することに成功している。さらにこれまで戦後日本美術の文脈からは看過されてきた創造美育協会を研究の俎上に載せたことも重要である。そして、なによりも不安定な時代である現代の世界を考えるうえでも極めて示唆に富む内容であることが本書の意義だろう。

『美術手帖』2026年1月号、「BOOK」より)

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