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地域レビュー(関東):柴山陽生評「磯谷博史 回復」(カスヤの森現代美術館)/「アーティスト・プロジェクト#2.09 江頭誠 夢見る薔薇 ~Dreaming Rose~」(埼玉県立近代美術館)【2/2ページ】

物語における「夢」の向こう側

「アーティスト・プロジェクト#2.09 江頭誠 夢見る薔薇 ~Dreaming Rose~」(埼玉県立近代美術館)

 本展は、花柄の毛布を素材として作品を制作する作家、江頭誠の個展である。出品作品は、主に美術館の2階の一室に展示されていると言ってよいだろう(*6)。その空間は、鑑賞者にある種の没入感を感じさせる。その効果は、ほとんどの作品・展示物が花柄の毛布を主な素材とするという同一のコンセプトにもとづいており、かつ、展示室がそれらで満たされていることによるものだと思われる。その結果、鑑賞者は「夢」の空間に包まれ、そこに没入することになる。

様々な要素で構成された江頭誠《ドリーム・序章》(2026) 写真提供:埼玉県立近代美術館

 展覧会タイトルによって示唆されているように、「夢」は本展のもっとも重要な主題だと思われる。展示室では、毛布の花柄はもちろん、それに包まれた石膏像からフェイクグリーンに至るまで、多様な生物のイメージが存在しているが、それらはけっして生命を有してはいない。一部の物が動いたり、鳴き声が聞こえてきたりもするが、生物はあくまでイメージとしてのみ存在している。そうしたイメージのみからなる空間は、まさに夢のなかにいるような感覚を与えてくれるのだ(*7)。

 そして、興味深いのは、「夢」という主題がある種の物語性と結びつけられていることである。作家自身、展示室内の作品について語る際に、『不思議の国のアリス』や『夢』(黒澤明監督)といった物語に言及してもいるが(*8)、展覧会全体の構成(つまり、物語)において、もっとも決定的な役割を担っているのは、展示室の出口の先に展示されている《IN MY DREAM》(2026)である。そこでは、移り変わっていく花柄の映像が、ベッドで眠る少年にかけられた無地の毛布に投影されている(また、その隣には犬の像が配置されている)。それによって、作家は、「この展示すべてが、彼の見ていた夢だったのかもしれない」と鑑賞者に思わせ、「映画『くまのプーさん』のラストシーンのように、ふっと現実に戻るような」感覚を与えることを意図しているようである(*9)。

江頭誠《IN MY DREAM》(2026)の展示風景 写真提供:埼玉県立近代美術館

 どういうわけか、わたしには、《IN MY DREAM》が不気味に感じられる。そして、その感覚は、展示室において味わってきた夢のなかにいるような感覚とも別物である。その不気味さの感覚は、空間の暗さや、エフェメラルな映像が投影されるベッドや毛布の白さによって、そこに生気が欠如しているという印象を受けること、また、少年の人形の取り付けられたまぶた(や粘土でつくられた犬の像)に制作の痕跡が残されているために、「彼」にある種の虚構性が見出されることに関係していると思われる(対して、展示室内の作品にそのような痕跡は残されていない)。そこでは、華やかな花柄の実在性が失われているのみならず、さらに、夢から還るべき身体や生命も存在しない。本展において「夢」の向こう側として描き出されているのは、「夢」の続きでも、たんなる現実でもない、別の非現実の不気味さである(と、わたしは物語を解釈したい)。

江頭誠《IN MY DREAM》(2026)の部分 撮影:筆者

*6──以下における「出品作品一覧」の項目を参照。「アーティスト・プロジェクト#2.09 江頭誠「夢見る薔薇 ~Dreaming Rose~」出品リスト」埼玉県立近代美術館、https://pref.spec.ed.jp/momas/wysiwyg/file/download/1/6909(2026年5月7日アクセス)。
*7──現代美術における「夢」という主題については、以下の論考を参照。Rosalind Krauss, “Perpetual Inventory,” Robert Rauschenberg: A Retrospective, ed. by Walter Hopps and Susan Davidson, Solomon R. Guggenheim Museum, 1997, pp. 206–223.
*8──前掲「出品リスト」における「作家からのコメント」の項目を参照。
*9──同上。

編集部