となりの戦地と札幌の視覚論
「サッポロ・パラレル・ミュージアム 2026」(赤レンガテラスほか8会場)
札幌駅前通の公共空間各所とウェブ空間をミュージアムに見立て、オブジェのインスタレーションから映像、サウンドピースまで幅広い形式の作品を紹介する同企画は、今年で5回目を数える。新型コロナのパンデミック直後は、テレコミュニケーションの場としてインフラ化したウェブ空間を批評的に扱う作品が多く提出された。だが6年を経て、企画全体の創造的模索は、札幌の都市空間と芸術展示とのコラボレーションへとほぼ一本化され、札幌と他空間とのパラレル性というテーマは存在感を失っていた。そんななかでも、空間的パラレル性の探究という同企画の根本的テーマの普遍性を思い出させ、さらに同時代的な問題を経由して隔たった地域と札幌との距離を考えさせられたのが、NOASIS3.4日本生命札幌ビルの地下1階で展開された笠見康大のインスタレーション《Learning to see》(2026)だった。

いまは見えていない/了解していないものが「見える/了解するようになる」という意味のタイトルは、作品に向かおうとする観者に不穏さを感じさせる。なにしろインスタレーションを構成する各物品とその配置は、そうあるべき意図や規則が明示されない状態でそこにある。ハイコンテクストな状態なのか、メッセージが隠蔽されているのか、あるいは意味的なつながりが不在なのか。はっきりわからないから、「見える/了解するようになる」というタイトルの真意が適切だとは言い切れない気になる。しかしそんななかでも、各物品はいくつも照明を与えられて、見る者からとにかく「よく見える」。

物品の観察から要素を拾い、恣意的であれ一連の連関を察することはできる。端的にいえば、このインスタレーションではいま/かつての札幌と、北海道からみた隣国・ロシアによって展開される同時代の戦場とを、多くの示唆的要素が限りなく接近させているように見えた。青いライトを受け、蟹のように泡を吹くグジェリ陶器風の小ポット。その脇で眩しい色彩対比を誘う黄色いメガホン。焙煎されたコーヒー豆の匂い。焦がすようなストロボに照らされた宮沢賢治の詩「札幌市」。その裏側に薄暗く貼り出された、18歳の元自衛隊員と思しき「Aさん」の回想文2枚。そして札幌のオフィスビルの吹き抜けにある、いまここ。扇風機からの送風で揺れる巨大なビニール風船は、飛行船がプロペラを回し、いざ進まんとするそのひとコマを永遠に再演し続けているかのようで、そこに進行の阻止と待機のどちらを見ればいいのかは誰も教えてくれない。

こうして意味と関係性の袋小路にはまりながら、なおも視覚を働かせようとインスタレーション内外をうろついてみて気づいたのは、同作が観者に強いる視覚的連続性の断絶だった。点在する局所照明がところどころ強烈に明るく、観者の目は何度か閉じかかる。あるいは、明るすぎる照明にかき消されて照射対象がよく見えない。蛍光色のなかでも素早く退色する蛍光オレンジで塗られたタブローは、ストロボに照らされ刻々とすり減るひとつの見本か。
おそらくこの光学的かつ網膜的な目くらましは、笠見が同作のためのステートメントで繰り返す「抽象」とはなにかを理解するヒントであるかもしれない。「抽象」という語は、アーティストが「私的な、あるいは社会的な感覚や感情を探る」(*8)フィールドを説明する段で、「抽象的な振る舞いのなかで現れる色や形の関係」や「抽象的な関係」というかたちで用いられる。インスタレーションで局所的照射がその道具として機能していたとすれば、同作において「抽象」とは、「よく見ること」の行き過ぎた形態といえるだろうか。

いまは遠くの戦場で多くの人が負傷し、部分的あるいは全体的に身体機能を失っている。爆撃の閃光やドローンの羽音が、破壊行為のマーカーとして、兵士と市民に知覚的トラウマを植え付ける。了解と妥協、研ぎ澄まされることと鈍くあること、見えすぎることと見えないこと──これら相反する状態の同時的発生を戦場は強いる。同作のインスタレーションとそれを覆う〈抽象〉がもたらす視覚体験から、われわれはそんな示唆を受け取ることができるだろう。
さらに同作で〈抽象〉は、空間全体をそつなくライトアップしつつ近寄れば眩しすぎる照明という、視覚的親切を装った不自由さをメディアとして、意味の同定や関係性の解釈といったプロセスに介入してくる。目の前にあるのが非意味性の権化だとしても、自分と無数の社会/組織の感覚と感情の居場所を、私は探す──。観者の態度はここに至って、アーティストがステートメントで述べた感覚的・感情的模索の態度と共鳴し始めるのかもしれない。
*7──「岸裕真インタビュー。キュレーターMaryGPTの神託と、人間らしさを捨てることで見えてくる「未来図」とは」、聞き手=畠中実、構成=三澤麦、ウェブ版「美術手帖」2025年3月14日。https://bijutsutecho.com/magazine/interview/30411 (2026年3月15日、筆者最終閲覧)
*8──笠見康大、作品⑤「Learning to see」、サッポロ・パラレル・ミュージアム2026 ウェブサイト https://www.parallelmuseum.com/2026/05/ (2026年3月14日、筆者最終閲覧)
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