「花園」という名の風景
そして、そのアプローチがもっとも端的に表れているのが、展覧会タイトルにもなった《花園》(2007)だろう。
陳はある日、故郷の茶楼から通りを眺めていた。そこにいたのは、重慶で「棒棒(バンバン)」と呼ばれる荷運び労働者たちだった。坂道の多い重慶で、一本の棒を担ぎ、わずかな賃金で荷物を運ぶ人々である。

「冬の重慶は霧がかかって灰色です。彼らがポケットに手を入れて歩いているのを見て、この人たちはいったい何をしているんだろう、毎日ここを歩いて、どれだけ稼げるのだろうと思った。それですぐ撮ろうと思いました。本当に直感で、あまり考えていなかった」。
陳は色鮮やかなプラスチック製の牡丹を大量に用意し、それを棒棒たちに運んでもらった。目的地はない。ただ花を担いで、街を歩き続ける。「彼らのような人たちは、この街で生活するために、偽物の花のような夢を抱いてやって来る。でも最後に何を得られるのかはわからない」。

映像には、中国で広く知られる童謡「我們的祖国是花園(私たちの祖国は花園)」を電子音やノイズへと変形させた音楽が流れる。灰色の都市、労働者たち、そして鮮やかな人工の牡丹が並置され、「花園」という明るい言葉と、そこに映し出される現実とのあいだに距離が生まれる。
20年近くを経たいま、この映像には制作当時とは異なる時間も重なっている。トークのなかで陳自身、「棒棒もいまの重慶ではあまり見つけられなくなった」と話した。都市の再開発が進むなかで、かつて街のなかで人力による荷運びを担っていた棒棒の姿も少なくなっている。作品に映し出された日常の風景そのものが、すでに過去のものになりつつあるのだ。
その意味でも、陳の初期作品を現在見ることには、制作当時とは異なる意味が加わっている。キュレーターのカレン・スミスはトークで、印象派の画家たちが当時の新しい余暇や都市生活を、社会変革を「記録」しようと意識することなく描いた例を挙げながら、陳の作品についても「50年後に振り返れば、同じように感じられるのではないか」と語った。

香港で見たチョン・ワイの《An Intimate Surrender》から、深圳で見た陳秋林の《別賦》へ。ふたつの作品をつないだ「覇王別姫」は、いっぽうではジェンダーや身体をめぐる規範を問い直すための装置となり、もういっぽうでは、失われていく故郷やそこに刻まれた記憶をたどるイメージへと姿を変えていた。
その背後にあるのは、舞台上の物語と並行するように、大きく変化してきた中国の現実の風景である。香港と深圳で見た2つの展覧会は、異なる世代のアーティストが、身体や記憶を通して歴史とどのように接続しているのかを、それぞれ異なる角度から浮かび上がらせていた。



















