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アイザック・チョン・ワイと陳秋林、身体と記憶からたどる中国の歴史

香港・大館コンテンポラリーで開催されたアイザック・チョン・ワイの「An Intimate Surrender」展(7月10日〜8月9日)と、中国・深圳市坪山区美術館で開催中の陳秋林(チェン・チウリン)の個展「花園(Heartland)」(5月30日〜8月30日)。身体、記憶、都市の変化、そして歴史をめぐる2人の実践をたどる。

文=王崇橋(編集部)

陳秋林「花園(Heartland)」の展示風景より、壁面の作品は《別賦(Farewell Poem)》(2002) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

 8月初旬、中国・成都の千高原芸術空間(A Thousand Plateaus Art Space)の招待を受け、深圳市坪山区美術館で開催されている陳秋林(チェン・チウリン)の個展「花園(Heartland)」を訪れた。東京から香港に入り、深圳へ向かう短い旅のなかで、思いがけず二度、京劇の古典『覇王別姫』に出会った。

香港で出会った「覇王別姫」

 香港で過ごした半日、大館コンテンポラリーで開催されたアイザック・チョン・ワイの個展「An Intimate Surrender」に立ち寄った。担当キュレーターはルイザ・ホー。チョン・ワイは香港出身でベルリンを拠点に活動するアーティスト。パフォーマンス、映像、インスタレーション、写真、ドローイングなどを通じて、身体の脆弱性や暴力、個人と集団の関係、記憶やアイデンティティをめぐる問題を探ってきた。2024年には第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展「Foreigners Everywhere」に参加している。

 本作の出発点となったのが、小説と京劇、そして陳凱歌(チェン・カイコー)監督による映画『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993)だ。京劇では女性役を「旦(たん)」と呼び、とりわけ近代には男性俳優が女性役を演じる「男旦(なんたん)」の芸が発展した。同映画の主人公・程蝶衣(チェン・ディエイー)も、幼少期から女性役を演じる旦役として訓練され、舞台上では虞姫を演じ続ける人物として描かれる。こうした、男性の身体が女性という役を反復的に演じる京劇の伝統も、チョン・ワイが本作でジェンダーのパフォーマティヴィティやクィアな身体を考察する重要な手がかりとなっている。

 会場では、複数のパフォーマーが身体を寄せ合い、支え、押し返し、ときにはひとつの身体の塊のようになりながら、ゆっくりと動き続けていた。触れること、離れること、相手の身体を受け止めること。その反復から立ち現れるのは、親密さであると同時に、身体のあいだに潜む緊張や力の関係でもある。

アイザック・チョン・ワイ「An Intimate Surrender」展より、パフォーマンスの様子 Photo by Tai Ngai Lung. Courtesy of Tai Kwun Contemporary

 作品では京劇の所作や異性を演じる伝統を参照しながら、ジェンダーのパフォーマティヴィティを問い直し、「クィアな時間性」とアジア的な男性性、身体とアイデンティティの流動性へとその問いを広げている。京劇の身振りは、振付によって引き延ばされ、反復され、舞台、リハーサル室、映画撮影のセットといった異なる空間を往還するように再構成されている。

アイザック・チョン・ワイ「An Intimate Surrender」展より、パフォーマンスの様子 Photo by Tai Ngai Lung. Courtesy of Tai Kwun Contemporary

 映画『覇王別姫』が描くのもまた、演じる身体と現実の人生、そして歴史が切り離せなくなっていく過程だった。旦役として舞台上で虞姫を演じ続ける程蝶衣と、その外側にある男性としての人生。清朝の終焉から中華民国、日中戦争、中華人民共和国の成立、文化大革命へと激しく揺れ動く中国近現代史のなかで、舞台上の「覇王別姫」は繰り返され、やがて役と自己、劇と現実の境界そのものが揺らいでいく。

 翌日、深圳の坪山区美術館で陳秋林の「花園」を見ていると、「覇王別姫」というモチーフが再び現れた。

編集部

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