消えていく風景を前に
会場を歩いていくと、陳の作品が三峡ダムや中国の都市化をそのまま記録するドキュメンタリーではないことが見えてくる。
2006年の《彩条(Colorful Stripes)》では、赤、白、青の安価なビニール製編み袋(中国で引っ越しや荷物の運搬に広く使われてきた素材)からつくられた衣服を身につけた人物たちが、取り壊されていく街に現れる。灰色の瓦礫と鮮やかなストライプの対比は、都市の荒廃と人工的な色彩をひとつの画面のなかに並置する。

この作品が撮影されたのは、三峡工程によって水位が175メートルまで上昇する直前だった。筆者が訪れた日に行われたトークで陳は、「映像に映っている場所は、いまはすべて水の下にある」と振り返った。撮影時、水没まで残されていた時間はわずか1週間ほどで、作品に登場する子供たちも学校の最後の日を迎えていたという。
しかし、陳は周到な脚本に従ってその「歴史的瞬間」を記録したわけではないという。「脚本はないけれど、自分がどんな感情の手がかり、視覚的な手がかりを必要としているのかはわかっています」。撮影前に現地へ何度も足を運び、人々と関係をつくりながら、必要な情景を見つけていく。
この手法は、彼女の多くの作品に共通しており、そこにある「直感」は、2005年の《溺水日記(Drowning Diary)》にもよく表れている。本作は、白いウェディングドレスをまとった陳自身がプールのなかでもがく作品だ。トークで彼女は、自分は泳げないため、撮影では実際にプールへ投げ入れてもらったと明かした。「みんなにはきれいに見えるけれど、ウェディングドレスそのものは一種の束縛でもある。女性を美しくすることもできるし、多くのものを背負わせることもできる」。




















