エルメス財団によるアートにおけるエコロジーの実践を問う展覧会「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」が東京・銀座の銀座メゾンエルメスフォーラムで開幕した。ダイアローグ1として2024年1月28日まで開催されているのは、作家・崔在銀(チェ・ジェウン)による「『新たな生』 崔在銀」展だ。
崔在銀は1953年韓国・ソウル生まれ。環境や自然との対話を継続してきた作家のひとりだ。76年の来日をきっかけに生け花と出会い 、草月流三代目家元・勅使河原宏へ師事。その後の80年以降は、アート作品の制作を続けている。
本展は、森美術館の開館20周年企画展「私たちのエコロジー」の関連企画として開催され、崔の40年にもわたる実践を個展形式で振り返るものとなる。会場では、生存に関わる自然生態系の事実を銀座メゾンエルメスフォーラムという場所で直視する機会が生み出されており、自然との理想的な共存関係を再構築するプロセスとして、崔の過去作と新作を織り交ぜながら紹介している。
例えば、白くなった死珊瑚を用いた新作《White Death(白い死)》(2023)は、崔が沖縄に赴いた際に浜へ打ち上げられた大量の死珊瑚を目の当たりしたことをきっかけに制作されたものだ。沖縄の海では現在90パーセントもの珊瑚礁が白化しており、それは地球温暖化や水質汚染による生態系の破壊によるものなのだという。
これらの死珊瑚は、沖縄県の許可を経て借用されたものであり、会期終了後は元の海へ変換される予定となっている。
世界7ヶ国に和紙を埋めたのち、時を経て掘り起こす「World Underground Project」プロジェクト。本展ではそのなかから《Reply From the Earth(大地からの返信)》(慶州 / 福井、1986〜90)を紹介している。
その地域の自然や文化の在り方よって、掘り起こしたときの和紙の状態がまったく異なるそうだ。なかには、化石となったものや消滅してしまったものも存在するのだという。和紙を通じてその地のデータを得ることができるというのは大変興味深い。
朝鮮半島に存在する北と南を分ける軍事境界線(DMZ)。その非武装地帯には大量の地雷が埋められており、現在も人間が近づくことができない。崔はそのエリアの生態系を守るため、「Dreaming of Earth Project(大地の夢プロジェクト)」を2015年から実施している。
このプロジェクトには建築家の坂茂をはじめ、川俣正や李禹煥(リー・ウーファン)、オラファー・エリアソンなどが参加し、その可視化を行うために現在も活動を継続。参加者らの構想やインタビューを会場では聞くことができる。
ほかにも「ある詩人のアトリエ」シリーズでは、崔自身が「周囲の自然や生命に関して知ること」を実践している様子がうかがえる。それは、毎朝出会う道端の雑草や花から、絶滅危惧種までの名前を自身で覚えることから始まっている。
崔は開催に際し、こう語る。「我々はいま、大量生産・大量消費がもたらした現状に直面している。これらの事態に対し、国家が責任を取ることは未だかつてない。いまを生きている私たち一人ひとりが、価値観や想像力を働かせて考えていく必要があると思う。本展は、新しい視点を持ち、自然と対峙するチャンスとなるものだ」。
日々ニュースやSNSといったメディアを通じて叫ばれる「環境問題」。非常事態であるとは理解しつつも、多忙な日々を過ごす我々には、ここではないどこか遠い場所で起こっていることのように感じてしまっているのではないか。崔は、世界で起こっている様々な問題やそれに向き合う新たな視点を、銀座メゾンエルメスフォーラムに持ち込んだ。この個展をチャンスととらえ、崔の見つめる新たな未来について、ともに考えてみることをおすすめしたい。