慈善活動から生まれた「知の開放」
ブルームバーグ・コネクツの運営母体であるブルームバーグ・フィランソロピーズ(Bloomberg Philanthropies)は、2006年に設立された慈善団体である。金融情報サービスの大手ブルームバーグL.P.の収益の大部分を原資とし、教育、環境、そして芸術・文化といった広範な分野で長期的な社会的インパクトを生み出すことを目的としている。
なかでも芸術・文化プログラムにおいて実践している、文化施設の基盤強化とアートへのアクセス拡大は重要な柱のひとつ。それを体現するブルームバーグ・コネクツは、創設者マイケル・ブルームバーグがニューヨークの美術館で体験したVIPツアーがきっかけとなり誕生した。
マイケルはVIP向けのツアーで、アーティストやキュレーターから制作の背景や作品に込められた意図などを直接聞く機会を得た。その体験を通じて、質の高い知見や背景解説の提供が一部の層に限定されている現状に、アクセシビリティの観点から課題を見出したという。専門家による知見を、誰もが等しく享受できる仕組み。その必要性を実感したことが、アプリ開発の原動力となった。
文化施設が蓄積してきた膨大な知見やコンテンツは、これまで必ずしも鑑賞者にとって簡単にアクセスできるものではなかった。解説パネルなどから得られる情報には限りがあり、さらに文化施設のスペースから外に出てしまえば、そうした情報にアクセスすることも難しい。ブルームバーグ・コネクツは、こうした制約を超えて、誰もがその知見やコンテンツを享受できるよう設計されている。
ブルームバーグ・コネクツが対峙しているのは、アートと人々のあいだに存在する多様な「障壁」だ。まず、経済的・物理的なアクセシビリティとして、アプリは完全無料で提供され、50以上の言語による自動翻訳機能を備える。これにより、あらゆる背景をもつ人々が等しく情報を得られる環境を整えている。

「アートは難解で自分には縁がない」と感じてしまう人々の心理的障壁を解消する役割を担っているのが、デジタルガイドという形式だ。アプリからテキストによる解説や音声ガイド、マップなどの情報を得られるため、グループで移動するツアーとは異なり、鑑賞者は「自分のペース」で、興味に応じて情報を深掘りできる。また、館内混雑時に解説パネルを読むことが困難な状況でも、手元のデバイスで閲覧できることで、ストレスのない鑑賞体験を生み出している。さらに館を訪れなくとも、世界中の展覧会情報へアクセスが可能。こうした環境は、鑑賞者とアートの関わり方をより自由なものに変えていくはずだ。
日本における展開と地域社会への視点
この取り組みは2019年にニューヨークでローンチして以降、世界各地へ広がり、いまでは提携パートナーは1500以上、ユーザー数は800万人を超える規模に成長した。日本での導入初期には、収益化を目的としない「フィランソロピー(慈善活動)」の概念を説明する必要があるなど、文化的な背景の違いによる難しさもあったという。しかし、現在では国内約40のパートナーが参加し、活用事例は多岐にわたる。
特徴的なのは、東京の主要な美術館だけでなく、地方の文化施設への支援にも注力している点だ。例えば、佐賀県では県の文化課が主導し、県立美術館、佐賀県立九州陶磁文化館を含む6施設がグループとして参加。当初、大阪・こども本の森 中之島におけるガイドおよびプロモーションパンフレットの事例をきっかけに佐賀県側の担当者からのアプローチで始まったこの提携は、地域の文化拠点を横断的に結びつける好例と言える。また青森県でも、青森県立美術館や弘前れんが倉庫美術館などで同プラットフォームの活用が開始されている。インバウンド観光客が増加するなか、多言語での情報発信手段をすぐにもつことは難しい地域の施設にとって、本アプリは有効なマーケティングツールとなる。観光客は自国語で地域の文化遺産を深く理解でき、施設側は世界中の鑑賞者と継続的な関係を築くことができる。
今後は、日本国内全域への拡大を進めるとともに、鑑賞体験のさらなる充実を目指しているという。直近では、森美術館で開催中の「ロン・ミュエク」展(~9月23日)で、その作品背景を伝えるためのガイドが公開されている。抽象的で理解しにくいと感じる人も多い現代アートの領域でも、その活用が積極的に進められている。
最終的に見据えているのは、施設、鑑賞者、またそこに生まれるストーリーが国境を越えて接続される「文化エコシステム」の実現だ。ブルームバーグ・コネクツは、アートにふれることが、一部の愛好家だけの特権ではなく、あらゆる人々にとって自然な日常生活の一部となる未来を目指している。テクノロジーを介して、誰もがアートにアクセスできる世界。ひとつのプラットフォームがハブとなり、世界中の文化施設と個人の好奇心をダイレクトにつなぐことで、より開かれた文化の未来がかたちづくられていくだろう。






















