光州ビエンナーレ日本パビリオン、2作家が伝える歴史を紡ぐ重要性【4/4ページ】

 いっぽう山内光枝は、対象となる土地やそこで暮らす人々と時間を共にした丁寧なリサーチを通し、歴史や記憶を現在に接続する映像インスタレーションで知られる。最近作では、大日本帝国占領下の釜山で内地人植民者として暮らした自らの家族の歴史と向き合い、日本の植民地主義と地続きにつながる自信の現在を問い直す《信号波》を発表。また今年は、対馬美術館で対馬の海女の記憶を紡ぐ個展「泡ひとつよりうまれきし 山内光枝展」(7月13日〜9月23日)を開催するなど、活躍を見せている。

 山内は古民家を改装したギャラリー「Gallery Hyeyum」で映像インスタレーション《Surrender》を発表。山内は当初、今回の展示が釜山ではなく光州となることに戸惑いがあったというが、今年に入って4回に分けて現地に滞在し、生活をおくった。とくに重要な存在となったのは、光州事件で家族を亡くしたり被害を受けた女性たちが集う「5月母の家」のオモニ(母)たちや、光州楊林教会のオモニたちだったという。

山内光枝 Surrender 2024
撮影=山中慎太郎(Qsyum!)

 《Surrender》は、現地での滞在を通じて浮かび上がった77の言葉をもとにしたもので、そこからランダムに選ばれた50語を、その順番に沿って3つの言語で詠んだ3篇の即興詩が会場に響く。3つの言語は同時に発せられるため、鑑賞者は自ずと理解するために耳を傾ける。いっぽうで自らの母語でない言葉は無意識に除外しようとしていることも自覚させられるだろう。

 また語られるワードはごく一般的に使われるもので、光州事件を紋切り型に語るようなものではない。大きな物語ではなく、その裏に隠れる名前のない物語が無数に存在しているという当たり前の事実が突きつけられる。

山内光枝 Surrender 2024
撮影=山中慎太郎(Qsyum!)
山内光枝 Surrender 2024
撮影=山中慎太郎(Qsyum!)

 光州の歴史背景を丁寧にリサーチし、紡がれた今回の日本パビリオン。キュレーターの山本は、「最近のソーシャル、ポリティカルなアートが、社会課題を探し、それを明示的な仕方で作品内で前景化する傾向にあるが、僕自身は必ずしもそれが唯一の選択肢ではないと思う」としつつ、「今回、両作家と様々なリサーチを重ねてきたが、それが言語を中心とした明示的なかたちで作品・展示に表出していないという意味で、新しいかたちのオルタナティブは示せたと思う。いろんな人に見てもらい、建設的な議論ができればなと思う」と振り返った。

 山本が掲げた「私たちには(まだ)記憶すべきことがある」というコンセプト、そしてビエンナーレ全体の「パンソリ 21世紀のサウンドスケープ(Pansori a soundscape of the 21st century)」というテーマに見事に応えた2作家の新作を、現地で目撃してほしい。

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