第15回光州ビエンナーレ、日本パビリオンに向けて高まる期待

アジアを代表する国際展として、2年に1度、韓国・光州で開催される「光州ビエンナーレ」。初回から30周年を迎える今年の第15回光州ビエンナーレに福岡市が「日本パビリオン」として参加するのを前に、FaN/福岡市主催による第15回光州ビエンナーレ・日本パビリオンのシンポジウムを開催。日本パビリオンのキュレーター・山本浩貴をモデレーターとして、第15回光州ビエンナーレのディレクターを務めるニコラ・ブリオー、光州ビエンナーレ財団のチェ・ドゥス、そして作家の内海昭子と山内光枝が参加した。

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

 韓国民主化運動に大きな影響を与えた1980年の光州事件の舞台である光州広域市。ここで1995年から2年に一度開催されているのが「光州ビエンナーレ」だ。

 今年第15回を迎える光州ビエンナーレには30ヶ国から73組のアーティストが参加。「パンソリ 21世紀のサウンドスケープ(Pansori a soundscape of the 21st century)」をテーマに、過去最大規模で開催される。今回、同ビエンナーレに福岡市が「日本パビリオン」として参加するのを前に、FaN/福岡市主催による第15回光州ビエンナーレ・日本パビリオンのシンポジウムが開催。日本館パビリオンのキュレーター・山本浩貴をモデレーターとして、第15回光州ビエンナーレのディレクターを務めるニコラ・ブリオー、光州ビエンナーレ財団のチェ・ドゥス、そして作家の内海昭子と山内光枝が参加した。

本展示テーマは「パンソリ」

 アーティスティック・ディレクターを務めるニコラ・ブリオーは、「関係性の美学」で知られるキュレーター・美術批評家。テーマに掲げられた「パンソリ[パン(空間や場)・ソリ(音や歌)]」とは、17世紀末に韓国南西部でシャーマンの儀式に合わせて生まれた伝統的な口踊芸能のことで、韓国語では「公共の場からの音」のことを指している。

 ブリオーはトークのなかで光州ビエンナーレについて「20年以上前から馴染みがあり、自分なりのイメージがある。朝鮮半島の歴史や美術にも興味を持ってきた」としつつ、今回のビエンナーレについては、「本展で論じられる主なテーマはスペース(場)であることから、オペラ的なフォルムとして構想した。歩いて中に入ることができるオペラだ」と語る。

 「なぜスペースなのか? 地球におけるスペース(場)が極めて重要な再定義に差し掛かっているからだ。人新世の時代において、人間の活動が地球のスペース(場)そのものを変容させており、地質学的なあらゆる変化がアーティストたちの作品から見てとることができる。それを認めることが重要であり、私が目指したのは我々が住うスペース(場)の異なる側面を見せる作家を招くことだ」。

 いっぽう「パンソリ」は音も重要な要素となっており、ブリオーは「パンソリは音とスペースの関係に関する一種のメタファーとなる」という。それはなぜか? 「現代の文化で興味深いのは、音がスペース(場)を表現している点だ。歌や音楽、音を通じてスペースを測る新たなデバイスやAIが、従来とは異なるスペースの感覚をもたらしている」。

 パンソリは上述の通り、シャーマニズムとも切り離せない存在だ。ブリオーは、その点に注目することも大切であると強調した。「シャーマンは人間だけのためのスペース(場)を突き抜け、精霊の住うスペース(場)に至る存在。すべてがスペース(場)に、シャーマニズムに関わっている。重要なのは、今日の作家を人間のスペース(場)と異質のスペース(場)とのコミュニケーションを実際に試みる存在と見ることだ」。

 またこうも語る。「展覧会は隣り合わせの作品の集合体にとどまらず、芸術作品は互いに呼応しあうべきだ。同じスペース(場)に共存することで、意味を増幅せねばならない」。展示は映画のように特定のシークエンスに分けられ、ひとつの物語を構築するという。

 スペース(場)は誰もが語ることが可能なテーマだ。また、気候変動やコロナ禍などの地球規模の問題は、スペース(場)がすべてつながりを持っていることを認識させた。ブリオーは、私たちの思考もアップデートすべきだと語っている。「いままでとは異なる地球に住まう在り方を本当に表現する手法として、アートがあるのだ。環境が破綻に至ろうとしている時代だからこそ、芸術はそんなに重要ではないと言われてたとしても、私は『いや、むしろまったく逆なのだ』と応じる」。

福岡市が担う「日本パビリオン」

 こうしたニコラ・ブリオーがディレクションする展覧会とは別に、光州ビエンナーレでは31のパビリオン(22の国と都市、9つの機関)の参加が予定されている。同ビエンナーレでは2018年からパビリオンが立ち上がり、年々規模が拡大してきたなかで、今回、日本パビリオンは初参加となる。

 光州ビエンナーレ財団展示部門の責任者チェ・ドゥスはこのパビリオンの始まりについてこう語る。「本展示というビエンナーレの大きなテーマを1つの空間で演出することも非常に重要だが、それに属さない多様な声が、同時に多くの地域や国から集まるものを、光州ビエンナーレがどのようにともにできるのかという視点からパビリオンは始まった」。

 昨年、多くの国が参加し、成功を見せたパビリオン。本展示とは別に、多くの人々が出会う機会を創出することもその大きな目的だという。またチェは、「パビリオンを通じてお互いに異なるものを交換し、学びあい、それを次世代や周囲に共有できれば、それがもっとも大きな意義となるのではないか」と、パビリオンが果たす役割の重要性を強調。日本パビリオンにも期待を寄せる。

 日本パビリオンは国名を冠しているが、国が行うものではなく、出展・主催者は福岡市だ。光州ビエンナーレ財団側が福岡市を訪れた際に意見交換がなされ、「Artist Cafe Fukuoka」などを通じてアーティスト支援を積極的に取り組んでいる福岡市が出展することになったという経緯がある。同市は福岡市アジア美術館などを有し、これまでアジアとの交流を盛んに行ってきた歴史をもつことから、ごく自然な流れだったとも言えるだろう。

>>関連記事:なぜ福岡市はアーティスト支援に注力するのか。福岡市長・高島宗一郎とアートプロデューサー・山出淳也対談

 今回の日本パビリオンでは、光州市内の2ヶ所の会場を舞台として、批評家で文化研究者の山本浩貴のキュレーションによる展覧会を開催。コンセプトに「私たちには(まだ)記憶すべきことがある」を掲げ、光州の地に歴史的に埋め込まれた無数の声と沈黙に耳を傾けながら、そのいっぽう、現在進行形で生起しているグローバルな事象に接続する回路を開くことも目指す。福岡市を拠点に、国内外で活躍している現代アーティスト、内海昭子と山内光枝が参加作家となり、本展のための新作を発表する予定だ。

>>関連記事:光州ビエンナーレ、初の日本パビリオン。キュレーター・山本浩貴が見据えるもの

左から、山本浩貴、内海昭子、山内光枝

 今回、作品制作のために何度も現地を訪れ、朝鮮美術文化研究者である古川美佳や東京大学東洋文化研究所教授の真鍋祐子らからレクチャーも受けたという両作家。

 内海は、キュレーターとアーティストがともに現地を訪れ、同じレクチャーを受けることで共通意識が醸成されていったと話す。「そのうえで、山本さんもタイトルやコンセプトについて私たちにも相談していただいた。みんなで向かっていく、あまりない経験だった」。

 また山内は、「光州という場所が日本の視点から見てどのように歴史的に関わっているのか、いま自分たちが生きている現在に接続しているのかが明確になった。光州だけではなくて朝鮮半島全体の文脈を勉強させていただくような機会をいただき、徐々に自分の身体を光州に向けて準備していく感覚を得る、とても重要な時間だった」と振り返る。

 今回、内海はホテルの1階に位置する広大なホワイトキューブ「Culture Hotel LAAM」を会場に作品を展示。音と連鎖に焦点を当て、インスタレーション《The sounds ringing here now will echo sometime, somewhere》を制作する。会場には長短の金属棒が配置され、ゆっくりと動く。棒同士が当たることで連鎖が起こり、暗い空間の中で微かな光と音が発生するような作品となるという。

The sounds ringing here now will echo sometime, somewhere 2024 ステンレススチール、真鍮
Photo by Shunta Inaguchi

 いっぽう山内の展示は、古民家を改装したギャラリー「Gallery Hyeyum」が舞台となる。昨年、福岡アジア美術館で発表した映像作品《信号波》のなかで、自身の家族が日本統治下の釜山で暮らしていたという歴史と向き合い、そこから自分自身の現在を逆照射することに挑んだ山内。今回、釜山ではなく光州での発表となることに当初は戸惑ったというが、今年に入って3回に分けて現地に滞在し、生活したという。現地の人々の声にならない声を待ち続け、その器となるような作品《Surrender》を制作しているという。

Visual sketch for Surrender 2024

 この2作家とともに新たな歴史を刻み出す日本パビリオン。どのようなかたちとなるのか、期待が高まる。

Exhibition Ranking