「美しい日常」を切り取った写真たち。森岡督行が、福原信三の『パリとセイヌ』を語る

東京・銀座の資生堂ギャラリーで現在開催中の、開廊100周年記念展「それを超えて美に参与する 福原信三の美学 Shinzo Fukuhara / ASSEMBLE, THE EUGENE Studio」。この関連企画として11月30日、森岡書店店主の森岡督行を迎えて、福原信三の初写真集『パリとセイヌ』のオリジナル版を鑑賞するイベントが開催された。本記事では、そのイベントの様子をお届けする。

文=藤生新

イベント風景より、左が森岡督行

 2019年に開廊100周年を迎える資生堂ギャラリー。その創設者である福原信三は、実業家としてのみならず、写真芸術家としても活躍した人物だった。そんな福原によって銀座の地に同ギャラリーがオープンしたのは、関東大震災が起きるわずか4年前、1919(大正8)年の出来事である。それと時を同じくして、写真家としても記念碑となる仕事が行われた。福原にとって初めての写真集『巴里とセイヌ』が刊行されたのである。

 その名が示す通り、パリの日常を中心に撮影した2000点以上にもおよぶ写真から厳選された24点による一冊は、写真家・福原にとっての記念碑的な存在だったが、奇しくも刊行の翌年に起きた関東大震災により、貴重な初版・オリジナルのネガの多くが失われてしまった。それが現在どれほど貴重かと言うと、ある美術書専門の古書店でさえ、ここ10年で現物を目にした機会は3度しかなかったとのことである。

 本イベントは、資生堂にも数冊しか遺されていない初版のオリジナルを、森岡書店店主の森岡督行とともに鑑賞する会だった。

イベント風景より、『巴里とセイヌ』のオリジナル版

 そもそも森岡がこのイベントに呼ばれたきっかけは、2016年に資生堂ギャラリーにて、森岡監修の「そばにいる工芸」展が開かれたことにあった。

 「食」と「住」というテーマのもと選定された6名の工芸作家による作品展であったが、この展覧会の土台には、資生堂ギャラリーが1919年のオープン当時より「日常の中に美しさを取り込むこと」を目指し、生活とともにある「工芸」の展覧会を数多く行っていた事実がある。そして、このミッションのもととなる発想を広めようとした人物が、ほかでもない福原信三だったのだ。

 そんな福原は、ほかの企業に先駆けて資生堂に、デザインを中心としたクリエイションを担う「意匠部」を発足させたことでも知られている。「生活と芸術の融合」を掲げたアーツ・アンド・クラフツ運動やアール・ヌーヴォーから影響を受けながら、「日常の中に美しさを取り込むこと」を実現するべく、当時の日本ではまだ珍しかった、製品が顧客の生活に届けられるまでのすべての過程を美しく統一してデザインすることを目指したものだったのだ。

森岡督行

 「印象に従って諧調を瞬間につかむこと、その一枚一枚が一つひとつ別々の光律を奏でているのは、言い換えれば短い詩を次々と詠むのと同じ境地である」──これは、福原が自著『光と其諧調』の中で語った一文である。

 その言葉を体現するかのように、『巴里とセイヌ』で切り取られたパリの写真には、釣りをする人、川べりで佇む馬、こぼれ落ちる木漏れ日など、ごくごくありふれた「日常」の光景を美しく切り取った一瞬が写し出されている。福原にとっては写真も「日常の中の美しさ」を表現するために選ばれたメディアのひとつだったのかもしれない。

 また、福原にとって銀座はパリと同じく愛すべき街だった。

 碁盤の目のように街路が張り巡らされた銀座は、大正時代の人々にとって、まるで現代のインターネットのように「情報が交換され、新しい考え方が生まれる場所」だったのではないかと森岡は指摘する。なるほど、人々が雑談したり(SNS)、居を構えたり(ウェブサイト)するインターネットが都市のあり方と似ているとは実感が持てる話である。

イベント風景

 そんな話とともに『巴里とセイヌ』を見ていると、そこに写し出された人々は、何をするでもなく佇んでいたり、たまたま街角で出会ったであろう人々が立ち話をしていたりと、日常の中にある「偶然の出会い」をこそ福原が収めようとしていたようにも思えてきた。

 さらに言えば、そのような特別な瞬間こそが福原が意識した「日常の美しさ」を感じ取ることができる具体的なひとつの場面であり、そこに通底する美学を通じて「写真」と「工芸」と「意匠(デザイン)」がすべてつながるのだ。

 森岡の語りとともに福原の写真家としての仕事に触れることによって、1919年から2019年に至るまで、100年間の長きにわたって資生堂が追い求めてきた「生活の中の美」のあり方が鮮やかに浮かび上がってくるかのような思いがした。

『巴里とセイヌ』の初版本より

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