サロンが持つ可能性
武田砂鉄 今回の展覧会「それを超えて美に参与する 福原信三の美学 Shinzo Fukuhara / ASSEMBLE, THE EUGENE Studio」では、福原信三が書いた145万字のテキストをAIによって解析するという試みが行われましたが、結果的に立ち上がった言葉の特徴はどのようなものだったのでしょうか?
伊藤賢一朗 「写真」という単語が当然一番多いのですが、面白いのは「写真」と、どのような言葉が関連していたのかということです。
武田 「写真」の近くにある言葉、その言葉と「写真」の距離が近いケースが多かったということですか?
伊藤 そうなんですよ。
ナカムラクニオ 「写真」の上には「光」、下には「人」があるんですよね。ほかにも「考える」「見る」「感じる」「持つ」とか、動きのある言葉が多いのは特徴的ですよね。普通の企業の社長が考えていることをAI分析して、こういう言葉が出てきたら心配になりますよね(笑)。
武田 なかなか面白い試みですね。こういうふうに分析されたら、自分の文章の癖を見抜かれることにもなるわけで、福原信三は怒っているんじゃないかと思いますけどね(笑)。
ナカムラ 資生堂ギャラリーでは今後、この展覧会のあとも「サロン」に関するプロジェクトを考えていますか? 時代がどんどん変化していくなかで、福原イズムをどう新しいかたちで見せていくのかにすごく興味があります。
伊藤 例えばこのギャラリーの空間では、いままでは新しいアートそのものを紹介する展覧会が多かったのですが、新しいアートそのものを見せるのと同時に、それを見た人々が情報や意見を交換し、新しい価値観をシェアできるようなプラットフォームのような場所として機能していけないかと思っています。
ナカムラ もしかするとこの空間に小さいテーブルが一個あるだけで、もっと小さなサロンみたいなものが開けるかもしれない。それって現代的ですよね。僕は「6次元」を始めた頃、最初はコーヒーを普通に出していたんですよね、だけどあるとき「読書会で貸してください」って言われてたんです。そうすると完全に読書サロンみたいになって一日貸切りなんだけど、利益はすごく出るんですよね。みんなにも感謝されて、そのサロンで出会って結婚する人が出てきたり、いろんなことが起きてくる。
だから「ちょっと閉鎖的なサロン」っていうのはいろんな可能性があるんだなと感じているんです。柳宗悦が昭和初期に発行していた雑誌『工藝』を見ると、後ろのページに「柳宗悦や棟方志功とご飯を食べましょう」っていう広告が載っていたりして、すごく高いお金を取るんですよ。なのにそこにみんな来る。そういうサロンが日々あったわけですよね。それで、いまはそういうものが比較的簡単に運営できるようになってきていると思います。
ナカムラ 例えば僕は一昨年、いしいしんじさんと『且座喫茶(しゃざきっさ)』という新刊のイベントをやったのですが、その本が2000円近くしたから、トークはせず、お茶会だけにしたんですよ。いしいしんじさんが一人ひとりにお茶を煎れるだけ。それでも全員2000円くらいの本を買ってくれる。お茶を一杯煎れてくれるだけの行為でも、人は2000円の価値があると思う。サロンって握手会なんかと一緒ですよね。その近さがすごく重要で、近いからこそ価値が高まる行為だと思うんですよ。
だから僕は今回のようなフラットなイベントもいいと思うんですけど、逆にぎゅっとした規模の会があっても面白いと思う。普段会えない人に会えるような、そういうのがあってもいいんじゃないかなって思うんですよ。そういうのっていろんなところでこっそりと開かれていると思うんですけど、資生堂ギャラリーのようなところでやっても面白いんじゃないかでしょうか。
伊藤 そうですね。
武田 資生堂は『花椿』やその前身の『資生堂月報』といった、いまの言葉で言えば「オウンドメディア」を持ってますよね。企業がメディアを持って発信するのはいまでこそ普通ですけど、ひとつの企業がオピニオンを持って、それを顧客あるいは顧客ではない人に提示していく姿勢は、当時は相当新しかったと思うんです。
そのためのサロンは決して閉鎖的じゃなかったと思うんですよね。福原さんはファン拡大のためにやっているんだけど、それは決してファンビジネスではないんですよね。ファンを取り込むためのオンラインサロンなんかとはまたちょっと違ったのかなと思うんです。
ナカムラ 資生堂発の何か新しいサロンみたいなものが見つかれば面白いですよね。
伊藤 まさに、福原信三が生きた時代の資生堂ギャラリーでは、展示だけではなく、小さないろんな会があったんです。
ナカムラ 「椿会」とかですよね。
伊藤 例えば、香水の会とか植物の園芸の会とかですね。それらは、結局コンテンツになって、オウンドメディア=『資生堂月報』のひとつの情報になった。ビジネスであるチェインストアという販売店のネットワークからメディアの『資生堂月報』がディストリビュートされていくんですね。ビジネスと、いろんな新しい情報を集めるためのメディアがつながっていて、そこの結び目みたいなところにギャラリーがあった。そういうところにヒントがあるような気がしますね。
ナカムラ サロンって、人がその中心にいるから成立するみたいなとこもあったりするから、ここも誰かキャラが立っている人がいたら面白いかなと思います。伊藤さんがいつもいる、とかね(笑)。
最近、原美術館が閉館するって聞いて衝撃を受けたんですけど、あそこももともとは「原サロン」のような感じで、30年前くらいに行ったときは原さんを中心にしたサロンみたいになっていたんですよね。だけどやっぱり時代とともにそのサロンが薄れてきたのかな、っていう印象もある。
伊藤 キャラが立つというか、いろんな魅力のある方たちのネットワークをここからいかにしてつくって、つないでいくかが重要かな、と思っています。
ナカムラ だからこうして定期的に呼んでもらえたら嬉しいです。こういうふうにいろんな人を呼ぶ場として、認知されていく。僕もこの場所を使ってみたいですもん。なかなか難しそうですけど。
「銀座」という場所をどう生かしていくか
武田 最近、書店でもイベントをやる場所が増えています。海外では、作家が新刊を出した後、バンドがツアーをするような感じで朗読会を開き、全国津々浦々まわる。でも日本ではまだ、そこまでの規模感でできるような状況じゃない。
儲けという観点ではなく、その土地土地にいる人たちとコミュニケーションを取りながら本を届けたい作家はたくさんいるはず。だから、これからはそういった場所がどんどん増えていくべきだと思うんですね。資生堂ギャラリーはもう銀座のど真ん中ではありますけど、物を書く人間がどうやって本を届けていくか、というやり方も変わっていくなかで、こういう場所がもっと必要になるはずです。
ナカムラ たしかに。僕、最近ここ半年くらい毎週末ずっと地方に行ってるんです。それで気づいたんですけど、場所によって話すことが変わるんですよ。同じことを言っているつもりでも、同じ人と話していても、場所が変わると違った話になったりするんですよ。
だから、たぶん今日もここ銀座だからこういう話になってたりもするし、また中央線だったら中央線ならではの話になったりするし、場所が持つ力ってすごく大きくて、そこの場所とか、微妙ないろんな要素を、人は察知していると思うんですよね。だから資生堂ギャラリーの場合には、「ほかにはない一等地で話せる」っていう部分で、テンションが上がりますよね。
武田 そうですね。僕はみうらじゅんさんを尊敬しているのですが、みうらさんがいま、店舗の看板に「〜since 1942」などと書かれている、あの「since」を注目して集めているんです。以前インタビューしたとき、いいsinceはどこで取れるかと聞くと「銀座にはすごくいいsinceがいっぱいある」と言っていた。それはやっぱり歴史性の証明ですよね。だから、小学生のナカムラさんが歩いていた頃からあるものがいまだにあるからこそ、いいsinceが取れる状況にあるんでしょうね。
ナカムラ 銀座って、やっぱり回遊型の街だと思うんですよね。渋谷もそうだと思うんですけど、やっぱり流すことに意味があるというか、1ヶ所じゃなくて、あそこ行ったら、まずあそこ行ってあそこ行って、どうやって帰ろうかなっていう、いまでも必ず回遊しますよね。
だからそういうふうしてここで日々夜な夜なやってると、周辺の文化とかも変わってくるし、そういう中心になるようなイベントをやるといいような気がしますよね。いまって、意外な人が集客力があったりする。世の中的な人気と、集客って違うと思うので、ちっちゃいイベントって面白いと思うんですよね。だから、ぜひここで企画を一緒にやってみたいです。
伊藤 そうですね。やっぱりここはそんなに大きな場所ではないですが、小さいながらも面白い発信がお互いにつながっていくと、大きく面白いうねりになるじゃないかなと思っています。ひとつの拠点として発信していくということではなく、他のところとつながり合って、一緒に発信していくというようなことができるといいんじゃないかと思います。
ナカムラ 意外と、銀座のいい画廊って狭いんですよね。80年代のいい展覧会っていうのは「かんらん舎」か「西村画廊」でやっていて、高校の時にいつも通っていて、だいたいそこで美術を学ぶわけです。ホックニーの展覧会やっていたりとか、舟越桂にいつも会えたりとか、「こんなにビッグな人がこんな狭いところにいるの?」って思ってました。狭い空間の中に、作家さんがぎゅーっている空間がそこらじゅうにいっぱいあって、ああいう経験って実はすごく貴重だったなって思います。
武田 悪い画廊の特徴を教えてください。
ナカムラ 悪い画廊…っていうかね、いい画廊は小さい気がします。いや、ここが悪いっていうことではないんですよ。
武田 ものすごい広いですよ、ここ(笑)。
ナカムラ 違うんですよ。個人でやっているからっていうこともあると思うんですけど、歴史をつくってきた画廊っていうのは、だいたい小さいんじゃないかなと思うんですよね。洲之内徹の「現代画廊」とか、みんなすっごいびっくりするくらい狭いんですよ。そういう面白さってあるから、本当にこれくらい小さなところでみんなで話すだけでも僕はいいと思っていて、そういう狭い会とかやりたいですね。
伊藤 そういう狭いところでレセプションとかトークとかを行って、ひしめきあっているその感覚が良いんですよね。
ナカムラ そうなんですよ。銀座の画廊文化っていうのは「狭さ」から生まれているような気が僕はするんです。