• HOME
  • MAGAZINE
  • INTERVIEW
  • 「古い建物が残らない社会が完成している」。京都モダン建築祭・…

「古い建物が残らない社会が完成している」。京都モダン建築祭・笠原一人が語る、建築ブームと保存の危機【2/5ページ】

街全体をミュージアムに。建築祭が生まれた理由

──美術作品であれば美術館に集めて展覧会を開けますが、建築の場合は現物を移動させることができません。そこが建築を鑑賞するうえでの難しさでもありますね。

笠原 そうなのです。だから私たちは、言ってみれば「現物の展覧会」をやっているとも言えますね。そもそも京都モダン建築祭が生まれたきっかけは、2021年に京都市京セラ美術館で開催された「モダン建築の京都」という展覧会でした。私もその展覧会にアドバイザーとして関わっていたのですが、建築の展覧会というのは、どうしても図面や写真、模型などの資料を展示することになります。それはそれで面白いのですが、現物が街のなかにたくさん存在しているのに、それを見られないのは残念だという話がありました。当時、同館で展覧会の企画に関わっていた前田尚武さん(現・京都産業大学教授)は、すでに大阪の「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(イケフェス)」のような展開ができないかと考えていました。

 私たちは展覧会の開催中、コロナ禍ということもあってオンラインサロンを始めていたのですが、そのメンバーが中心となり、翌2022年に京都モダン建築祭が始まったんです。つまり、美術館のなかにあった建築の展覧会が、そのまま街に飛び出していったようなものなんですね。大阪のイケフェスにも「ミュージアム」という言葉が入っていますが、まさに街全体をミュージアムに見立て、そのなかに点在する建築を作品として見て回るという発想です。

京都市役所で行われたガイドツアーの様子(2025) 写真提供:京都モダン建築祭

 ──5年間続けてきたなかで、建築祭が建物の所有者や、その活用に変化をもたらした事例はありますか?

笠原 まず、建築祭の認知度が高まるにつれ、所有者の方から「うちの建物も参加させてほしい」という申し出が増えています。企業であれば宣伝したいという思いもあるでしょうが、それだけではなく、古い建物をみんなで残していきたいという気持ちがあるのではないでしょうか。自分たちもその輪に加わりたい、と。

 もちろん、いいことばかりではありません。個人の住宅や小さなお店などでは、公開の準備が大変ですし、何千人という人がやってくると負担も大きい。公開した結果、もう疲れたので参加は見合わせたいという所有者もいます。

 いっぽうで、建築祭が建物の活用を後押ししたと考えられる事例もあります。例えば、京都市内にある革島医院です。1923年創業の住宅専門会社・あめりか屋が手がけた建物で、医院が閉院した後、建築祭で内部を公開するようになりました。その後、定期的な建築ツアーや、建物をオフィスなどとして貸し出し、活用する取り組みも始まっていると聞いています。建築祭で広く知られるようになったことが、そのきっかけのひとつになったのではないかと思っています。

 建築は、残していくために収入が必要です。ただ多くの人に価値を知ってもらうだけでなく、その建物を使い続けるためのきっかけをつくることにも、建築祭の意義があると思います。

革島医院 写真提供:京都モダン建築祭
大谷幸夫が設計した国立京都国際会館でもガイドツアーが行われた(2025) 写真提供:京都モダン建築祭

編集部

Exhibition Ranking

TOKYO JAZZ CLUB

2026.11.01 - 11.08
旧カプセルホテル跡地
上野 - 日暮里 - 秋葉原|東京

DESIGNART TOKYO 2026

2026.10.30 - 11.08
銀座・東京・六本木・外苑前・表参道・原宿・代官山・池尻エリア
丸の内 - 銀座|東京