インスタレーションでしかできないこと、オブジェクトでしかできないこと
──近年、細井さんは記録やアーカイヴに興味があるとたびたび発言しています。公共性をもつ事業としてアーカイヴを考える場合、将来のいかなるニーズにも対応できるような記録および保存の仕方が理想となります。もちろん、実際のアーカイヴは、空間的・時間的・資金的制限のもとでの取捨選択の結果として構築されていくわけですが、アーティストという個人である細井さんの関心の持ち方はどのようなものでしょうか?
今回の個展にもアーカイヴの視点がある作品をいくつか出していますが、私はアーカイヴを生業をする人たちと同じことがしたいのではありません。私はデータが使われる=解凍されるときのことまで考えないとアーカイヴとは言えないのではないかと考えています。体系的に資料化するということはアーカイヴのプロの方々がやっているので、作家としての私が個人的にできるのは「エクストリームなアーカイブ」とでも言いますか、自分で保存して擬似的に解凍した状態を提示するということではないかと思います。例えば《STAIN》も誰かとの記憶のレコーディングではあるけれども、その記録をただ出すのではく、それを使い作品として展示し、鑑賞者が受け取るところまでを考える。そこまでやるのが、作家が表現としてアーカイヴという言葉を使う場合には重要なんじゃないでしょうか。
展覧会の入り口にある《ヒューマンアーカイブセンター》もそうです。今年、ルーヴル美術館に行く機会があり、せっかくなので《モナ・リザ》を見に行ったんです。そこではまるでAppleの広告のように、全員が全員、スマホを作品に向けて撮ってたんです。これだけ多くの人が画像を撮っているんだったら私は撮る必要はないなと思い、私はレコーダーを向けたんです。その謎の状況がおもしろくて(笑)。そのときは作品にしようとは思っていませんでしたが、聞き返してみると、2024年のある時点の《モナ・リザ》を取り巻く状況が音として保存されていた。絵画が私たちを見る視点のアーカイヴでもあるので、《ヒューマンアーカイブセンター》と名付けたんです。
──形状もおもしろいですね。
作品に向き合うとき、何か象徴的な対象物があった方がいいなと思ったので、譜面台のライトのように、1枚の板に2つのスピーカーをつけています。2つあるとステレオにできるし、板に音が反射するのでこの形状はちょうどよかったんです。
──細井さんがオブジェクトの作品をつくり始めたのは2022年とおっしゃいましたが、ご自身の活動のなかではどのような位置付けなのでしょう?
インスタレーションでしかできないこと、オブジェクトでしかできないことをそれぞれ考えています。サウンドではあるものとあるものの関係性をひとつの状態として提示することは難しく感じますが、オブジェクトではそれができる強みがあります。
2023年のACKで発表して以来、「ポータル」シリーズでは鈴を多用していますが、鈴って自分の声を多重録音する感覚と似ているんです。要は、鈴はひとつずつ異なる音が出るし、種類も多い。鈴を使って何かをつくるのは、自分の声を録音した後に編集するときに使う思考回路と領域が近いんです。
ゲームにはワープができる「ポータル」がありますが、オブジェクトの作品は私にとってそういうもので、場所のないインスタレーションのような空間ができる、何かが起きるきっかけです。
──一瞬を表現する俳句みたいですね。時間がそこに凝縮しているとも、そこから無限に広がっているとも言える。
今回のステートメントに「音の不在はエネルギーの不在を意味せず、むしろこれらの彫刻に宿った静寂が、より強い共鳴を放つことができる」という言葉がありますが、そういう静寂をつくりたいし、それを聞いてもらえたらいいなと思います。