──今回が細井さんの初個展です。まずは、細井さんが作家活動を始めたきっかけについて伺えますか?
私は高校時代にコーラス部に所属していたのですが、ここが「音」の原体験になりました。コンクールにとても強い学校で、国際大会や全国大会にも出場していたのですが、会場は毎回違うホールだったんです。私たちが歌う曲はおなじでもホールが違うと響きも違ってくる。先輩たちがみんな大会の前にホールに入ったら舞台のへりまで行って手を叩くっていう儀式のようなことをしてたのを覚えてます。ホールの響きをチェックするためです。その頃から、空間も楽器だという考えが生まれましたね。
それから大学進学を考えるタイミングになり、音大に行くという選択肢もあったんですけど、ずっと同じことをやり続けるのもあまり面白くないなと。じゃあそういう表現の場をつくることを勉強できる場所にしようと、慶應義塾大学のSFCを選びました。アートマネジメントの単位も三田キャンパスで取れますから。
SFCに入ってからは、レコーディング・エンジニアのZAKさんのアシスタントをやりました。そのとき、ZAKさんにいろんな人を紹介してもらったのが大きいですね。そこからサウンド・アーティストの人たちとのつながりが増えていきました。当時ZAKさんのアシスタントをやりながら働いていたスタジオから独立するタイミングで、自分がやりたいことを全部やってみようと思って、22.2チャンネルフォーマット(*)の音響作品《Lenna》をつくったんです。それをSNSでポストしたらNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]から展示しませんかと声がかかり、山口情報芸術センター[YCAM]での展示も決まりました。
──《Lenna》はインスタレーションにも複数のヴァージョンがあったり、また楽曲としてもリリースするなど、メディアやフォーマットの問題にも着目した作品ですね。
当時はサラウンドが流行り始めていた時期で、この作品も「22.2チャンネル」というフォーマットを前提としたものでした。それゆえに、その環境を持っている人にしかつくれない。音楽は自由だけどつくる環境が限られているのはフラストレーションで、マルチチャンネルのフォーマットに対する疑問、したいけどできないという状況も含めて作品に残したかったんです。
当時はエンジニア、作曲家も入れたチームをつくり、音源をクリエイティブ・コモンズで公開しました。私と同じような考えの人が、実験台として作品を使えたらいいなと。
*──スピーカーの数と、その位置・角度が統一された規格。Lennaの場合は22ch+低音補強のスピーカー2chの合計24個のスピーカーで再生されることを前提としていた。私たちの生活のなかにはモノラル(1チャンネル)、ステレオ(2チャンネル)、サラウンド(5.1チャンネルや映画館のDolby Atmosなど)がある。