サウンド・アーティスト細井美裕が生み出す、沈黙の音【2/3ページ】

音の「シミ」

──《Lenna》以降も、エンジニアなどとの協働による複雑で大掛かりなマルチチャンネルの作品を多く発表していますが、この個展にそうした作品はないですね。

 マルチチャンネルかつチームで作品をつくるのが嫌でこうしたわけではありません。そもそも、自分ひとりではできないことが多かったのがチームを組んでいた理由です。資金力のないなか好意で協力してくれていたのですが、やっぱりきちんとフィーも払わないと自分が嫌だし、そもそも持続性がない。ある程度自分の展示が軌道に乗るなかで、資金を集める必要も出てきたわけですが、そうなると初動が遅れるんです。自分が作品をつくりたいと思ったときにちゃんと制作にとりかかれるかを割と真剣に考えるようになっていたとき、2022年に板室温泉大黒屋の「音の日」で1日限りのサウンドインスタレーションを発表したことをきっかけにGallery 38に声をかけてもらって、「Art Collaboration Kyoto」のパブリック・インスタレーションのために初めてオブジェクトの作品をつくったんです。

 それでもやはりエンジニアは必要なのですが、任せる割合は変わってきました。マルチチャンネルだと単純にスピーカーも関わる人の数も多いし、作品を発表するまでにすごく時間がかかる。でも自分がやりたいことをもう少し短いスパンでやるために、大きなチームではない方法を取ってみようと。

 それに、自分ひとりではできないことが多すぎると、モノや人を削ぎ落としたときに何も残らなくなりそうだなという、うっすらとした恐怖もありした。だからここで一度ミニマムな動きをしてみようと。個展なので、自分の要素が一番多い状態にしたいなと考えたんです。

展示風景より Photo by So Mitsuya

──本展のタイトル「STAIN」の由来はなんですか? 同名の作品もありますね。

 この個展は1年前から構想してきたので、コンセプトを考える時間は自分にとってはたっぷりありました。「STAIN」という名前は序盤に決まったんです。

 コーラス部にいたときから「言葉の強さ」を感じていて、国際大会だと母国語以外の歌詞を歌う必要もありました。だから歌う前に歌詞を解釈する時間というのもあったのですが、それをやりすぎてちょっと疲れてしまったんですね。だから、アーティストになってからは意味のある言葉を使った作品はつくっていないんです。

 メイン作品《STAIN》のコンセプトにもつながりますが、言葉(文字情報)が0と1、つまり言葉がない状態(0)とある状態(1)で構成されるものだとすると、音にはその間にグラデーションがありますね。でもそれは私の尺度だから、ほかの人にとっては違うのかもしれない。

 仲のいい友人の音楽評論家・吉見佑子さんの家で喋っているとき、なんとなくレコーダーをずっと回していたことがあるんですが、それを聞き返したとき、話しているあいだのガサガサした音がすごく状況を浮かび上がらせるものだと思ったんです。それがまるで「シミ=STAIN」みたいだなって。例えば白いシャツを着ている人がパスタのシミをつけているとしたら、そこから生々しい背景を想像できるじゃないですか。だから今回は、「音に残るシミ」にフォーカスした展示にしたかったんです。だからといって、音の情報が言葉以下と言いたいわけではありません。文字情報では伝わらない、音が得意とする情報を冷静に探りたいのです。

展示風景より、《STAIN》(2024) Photo by So Mitsuya

 この《STAIN》は、国内外で録音した会話や日常の音、私と対象物の関係性がわかるような音で構成されています。そこから言葉は削ぎ落とされており、シミだけが残る。でも個別のデータにタイトルは付けているので、鑑賞者は状況を想像できます。

──スピーカーやPCが90度横に傾いている理由はなんですか?

 スピーカーもPCも正対させたら普通の状態ですが、この作品では鑑賞者が少し距離をとり、未来から過去に起こった状況を考えるような展示にしたかったんです。

──今年、「ICC  アニュアル  2024 とても近い遠さ」展では青柳菜摘さんとコラボレーションした作品《新地登記簿》(2024)を発表しました。ここでもスピーカーはたくさん使われていましたが、鑑賞者が通る道筋に向けられていないのが印象的でした。スピーカーが音を出すという機能を果たすためだけに置かれているのではなく、視覚的にも意味を持たせられていると感じます。それはこの作品にもつながっていますね。

 それもあるのですが、いきなり《STAIN》でスピーカーというメディアが鑑賞者にもたらす視覚的な影響を考えてほしいというのも難しいと思うので、手前にマイクスタンドの作品《メディア》を置きました。これはいわゆる一般の人たちが見慣れているマイクです。でも、そこに向けて喋りかけるのではなく、そこからスピーカーと同じように音が発せられる。マイクって原理的にはスピーカーと同じ構造なので、音声信号を流せばすごく微細な音ですが鳴るんです。実際、この《メディア》ではマイクから「Hi」という音がずっと流れています。マイクから話しかけられることで、あるメディアに対して持つ固定概念に気づいてもらえたらと考えました。

展示風景より、《メディア》(2024)
Photo by So Mitsuya

編集部

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