2018.5.1

ブロックチェーンが変えるアートワールドの現在と未来

ビットコインをはじめとする仮想通貨の取引基盤となっているブロックチェーン技術。この分散型ネットワークの活用が、いまアート業界でも大きな注目を集めている。アートマーケットに改革をもたらすと言われる「ブロックチェーン」。一体どのような利用法が検討されているのだろうか。

文=國上直子

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プロブナンス(来歴)の管理

 作品の歴代所有者の記録である「プロブナンス」は、美術品の価値を左右する重要な要素で、セカンダリー・マーケットでの取引だけではなく、保険の査定や、美術品を担保にした資金調達の際にも、必要不可欠な情報となっている。しかし常に信頼性が高いとは限らず、情報が不足している場合、調査にはかなりの時間を要すると同時に、情報捏造の危険性もあり、正確なプロブナンスの管理は、積年の課題となっていた。

 この問題への解決策として、いまブロックチェーンの活用が進められている。Codex社は、プロブナンス、作品の詳細、真贋という、作品の価値を決定する重要情報をブロックチェーン上で管理することを目指している。高額な美術品のコレクターは、素姓を明かすことを嫌う傾向があるが、ブロックチェーン上では、匿名性を保持しながら、所有歴の証明が可能となる。また記録が分散管理されるので、情報の改竄が防止され、確実性が保たれる。Codexのプラットフォームでは、作品の売買も可能で、取引が成立すれば、作品に付随するすべての情報が更新され、ブロックチェーン上に格納されていく。

 プロブナンスの透明性を高めることで、アートマーケットの信頼性が高まり、市場規模が拡大していくことが期待されており、「Verisart」「ArtChain.info」「Artory」といった他の会社も、相次いでこの分野に参入してきている。ブロックチェーン上でのプロブナンス管理は、いまもっとも注目が集まっている分野である。

作品の分割所有権売買

 美術品を担保にローンを組む「アート・レンディング」や、共同で高額美術作品を売買しリターンを得る「アート・ファンド」など、アートをベースにした金融商品が登場して久しいが、現状はとても浸透しているとは言い難い。「アート・レンディング」は、セカンダリー・マーケットで売却する場合と同様、プロブナンスの調査や真贋鑑定にかかる手間と、高いローン利率がネックになっており、「アート・ファンド」も、大口出資でないと、ファンドを購入することができないのに加え、アートマーケットの流動性の低さから、その多くが期待通りのリターンを上げられていない。

 これらの金融商品の欠点を、ブロックチェーンを活用して、克服しようと試みている会社が「Maecenas」だ。作品のフラクショナル・オーナーシップ(分割所有権)の取引プラットフォームの構築を目指しており、簡単に言うと、作品を株式化して取引するような場を確立しようとしている。

 例えば、あるコレクターが、所有する1億円相当の絵画を担保に現金を確保したい場合、この絵の所有権を1000分割して販売する。そうすると、分割所有権は一口10万円となり、購入の間口はぐっと広がる。この間、絵の持ち主は、作品を手元に置いておくことができ、作品を手放すことなく資金の調達が可能となる。分割所有権の価値は、絵の価値が上がるにつれ、上昇し、購入者はそれを売却することによって、利益を生むことができる。また、元の所有者が買い戻すことも可能だ。「Maecenas」が目指しているのは、ピカソやウォーホールのような、誰でも知っているブルーチップアーティストの作品の所有権取引だ。ローンチは、年内を予定しており、美術品のフラクショナル・オーナーシップが、金融商品として成立するのかどうかに、大きな関心が集まっている。

Maecenasのウェブサイトより

デジタルアートの希少性の保証

 ブロックチェーンの導入は、アーティスト側のビジネスモデルにも変化を与えると考えられている。2017年、「CryptoKitties」「Rarepepe」「Cryptopunk」というブロックチェーン上のデジタルアートである「クリプトアート」が取引されたことが大きな注目を集めた。これまでのデジタルコンテンツは、無限に複製可能だったため、デジタルアートの市場確立は非常に困難であった。しかし、ブロックチェーン上でエディション・所有者管理が徹底された、「クリプトアート」は希少性を保証されている。「クリプトアート」の台頭は、デジタルコンテンツがコレクターズアイテムとして成立する礎を築いたとして、今後のアートマーケットの流れを変える起点となるとみられている。

 「Dada.nyc」では、サイト上でアーティストが「クリプトアート」の販売を行っている。コレクターは購入ができるだけでなく、所有作品を売ることもできるのが特徴だ。

Dada.nycのウェブサイトより

 「Rare Art Labs」は、アーティストの「クリプトアート」市場への参入をサポートしている。ゆくゆくは、作品制作に必要な機材を完備した共同作業スペースを立ち上げ、作品をブロックチェーン上に「クリプトアート」として発行するサポートを目指しているという。

 またブロックチェーン上で走る「スマートコントラクト」という機能を活用すると、取引が成立した瞬間に、仮想通貨での支払いが自動的に完了するため、作品が売れても、アーティストへの支払いが遅れるといった、従来の問題も解消される。

 ブロックチェーンの活用で、アートマーケットがアーティストにとっても開かれたものになることが期待されている。

アートとブロックチェーンのこれから

 定期的にアートとブロックチェーンに関するレクチャーを開催する「New Art Academy」のエレナ・ザブレブは、「オークションハウス、美術館、ギャラリー、アーティストに限らず、金融、IT業界からの参加者も多く、ブロックチェーンとはなんなのか、アートと組み合わせることで何ができるのかということへの関心は非常に高い」と語る。ブロックチェーンとアートの両方に精通した人が少ない現段階が、むしろ参入のチャンスと見ることもできる。

 従来、アートマーケットは、富裕層のみに開かれ、その不透明性ゆえ、非常に排他的であった。しかし、ブロックチェーンの導入で、市場の透明性・信頼性が高まることで、作品の売買が容易になり、既存の市場構造は変わってくるであろう。いっぽうで、作品そのものの鑑賞を楽しむという側面が、二の次になっている感は否めないが、新しいテクノロジーが浸透することで、これまで想像できなかったような表現が生まれる可能性もある。ブロックチェーンが、アートの世界にどのような革命を起こしていくのか、今後の展開に注目したい。