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合法と違法の線引はどこに? 現代美術のアプロプリエーション【2/2ページ】

リチャード・プリンス「Canal Zone」シリーズ

 さて、いよいよリチャード・プリンスに関する2013年の判決を紹介しよう。

 写真家のパトリック・カリウは、6年間にわたりジャマイカのラスタファリアンという宗教の信仰者とともに住み、ジャマイカで撮影した写真集『Yes Rasta』を2000年に発刊した。プリンスは07年12月から08年2月の間に、合板に『Yes Rasta』から35枚の写真を貼り付けた《Canal Zone》(2007)をカリブ諸島のエデンロックホテルでの展示で発表。08年6月、プリンスは『Yes Rasta』をさらに3冊購入したうえ、「Canal Zone」シリーズで30の新たな作品を制作したが、そのうち29作品は『Yes Rasta』から一部又は全体のイメージを取り入れたものだった。

 08年11月からニューヨークのガゴシアン・ギャラリーで行われた展示でプリンスの「Canal Zone」シリーズ22点が発表され、他のギャラリストからこれを知らされたカリウは、08年12月にプリンス、ガゴシアン・ギャラリーなどを相手にして著作権侵害の裁判を起こした。

ガゴシアン・ギャラリーでの展示風景 出典=ガゴシアン・ギャラリー・ウェブサイト(https://gagosian.com/exhibitions/2008/richard-prince-canal-zone/)
リチャード・プリンス James Brown Disco Ball 2008 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
リチャード・プリンス Tales of Brave Ulysses 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
リチャード・プリンス Back to the Garden 2008 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
パトリック・カリウ『Yes Rasta』より、P118ページの写真 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
パトリック・カリウ『Yes Rasta』より、P83–84の写真 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

 2011年にニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、写真家に有利な判決を下した(*10)。フェア・ユースの第1要素 (使用の目的と性質)で考慮される変容的利用について、地裁は 「プリンスのペインティングは、写真に対してコメントをする限度においてのみ変容的である」と判示し、また、プリンスによる「作品は原作品の持つ意味について興味はなく、アートを制作したときに伝えようとしたメッセージはない」との証言を指摘している。

 これまでの裁判所の判断からすると、程度に差はあるが問題となった作品がベースとした作品と異なるメッセージ性があるかを重視していたので、このような結論は予想できただろう。

 ところが、2013年の控訴審判決で地裁の判断が覆り衝撃が走った(*11)。控訴審は、プリンスの次の5作品、(1)《Graduation》(2008)、 (2) 《Meditation》(2008)、(3)《Canal Zone 》(2007)、 (4)《Canal Zone》(2008)、(5)《Charlie Company》(2008)以外のすべての作品について、プリンスによる写真の利用はフェア・ユースに当たると判断したのだ。そして、これら5作品に関して、さらに審理をするために地裁に差し戻されることになった。

リチャード・プリンス Graduation 2008 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
リチャード・プリンス Meditation 2008 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
リチャード・プリンス Canal Zone  2007 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
リチャード・プリンス Canal Zone  2008 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix
リチャード・プリンス Charlie Company 出典=Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

 裁判所は、法は変容的となるために、原作品や著作者へのコメントという要件をなんら課していないと指摘し、構成、表現、スケール、色彩、メディアが根本的に異なる点で25のプリンスの作品はカリウの写真とは根本的に異なる美を表現していると強調する。

 そのうえで、「重要なことは問題の作品が合理的な観察者にどのように見えるかであって、アーティストが作品の特定の部分や内容について述べることではない。プリンス作品は、カリウの作品や文化へのコメントなしであっても、また、プリンスがそのような意図であっても変容的でありうる。作品に関するプリンスの説明に裁判所の問いを閉じ込めるのではなく、変容的な性質を評価するため、作品がどのように『合理的に認識されるか』を検討する。(…)裁判所の侵害分析の中心は、一次的にプリンスの作品そのものにあり、25の作品は法律問題として変容的であるとみる」と述べて、プリンスの証言は変容的利用と認定するための障害にはならないとした。

 裁判所は、プリンス作品と写真とを並べて見たときに、プリンス作品が、カリウの写真とは異なる性質を有しており、新たな表現、新たな美を付与している、と判示して変容的利用に当たると結論付けた。

 どう感じただろう? この判決の直後には疑問の声が多く上がった。フェア・ユースをあまりに広く認めることになるのではないか? 差し戻された作品とフェア・ユースに当たる作品との違いはどのように判断したのか?(*12)

 この事件は地裁に差し戻された後、2014年に和解で終了したため、結局、差し戻された5作品に関する地裁での判断が示されることはなかった(*13)。

 

アンディ・ウォーホル「プリンス」シリーズ

 そして、このリチャード・プリンス判決は、ウォーホルの「プリンス」シリーズに関する2019年7月の判決で再び確認されることになる。アンディ・ウォーホル美術財団が原告となったウォーホルの「プリンス」シリーズ16作品に関して著作権侵害がないことの確認訴訟である。

アンディ・ウォーホル 「プリンス」シリーズ 1984 出典=訴状9-12頁

 写真家のリン・ゴールドスミスが撮影したプリンスの肖像写真を用いた「プリンス」シリーズがフェア・ユースに当たるかが争点となり、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、リチャード・プリンス判決を引用して、ウォーホル作品がゴールドスミスの写真の変容的利用に当たる、と判断した。

 裁判所は、様々な観点からウォーホル作品がゴールドスミスの写真と異なる表現となっていることを認定している。

 まずゴールドスミスの写真は、プリンスが不安を抱えた傷つきやすい人間であることを表現しているのに対し、ウォーホル作品はこれとは対照的な表現となっている点。

 構成についてもウォーホル作品では胴体はカットされ、顔と少しのネックラインが前面に出ており、骨格構造がはっきりとした写真の表現は「プリンス」シリーズでは緩和されていたり、簡略化されたり、影にされたりしている。また、ウォーホル作品では、写真のような三次元の存在としてではなく、プリンスは平面的な二次元の人物として表現されている。さらに、ウォーホル作品は、派手で不自然なカラーによって白黒の写真と明確なコントラストを成していることも裁判所は指摘する。

 これらの認定をして、裁判所は、ウォーホル作品により加えられた表現が、オリジナルの写真とは異なる美、性質を有しており、「プリンス」シリーズが不安を抱えた傷づきやすい人物であるプリンスを象徴的で偉大な人物に変容させていると合理的に認識することができる、と判示した。

 さらに興味深いのは、裁判所が「プリンス」シリーズはプリンスの写真ではなく、直ちにウォーホル作品として認識される、とも述べている点だ。この点はリチャード・プリンス判決には見られない認定であり、アーティストの著名性にも大きく左右されると思われるため、注目される。

 ウォーホルの「花」裁判から50年以上の時間が過ぎ、米国の司法判断は明らかに変化した。とくに近年、フェア・ユースの第1要素(使用の目的と性質)で、原作品と異なるメッセージ性を中心に検討していた傾向から、原作品と新たな作品との表現上の違いを強調し、メッセージ性の考慮はやや薄める方向にシフトしている。

 しかし、形式的に他人のイメージが作品に取り込まれているかで終わるのではなく、原作品を利用した新たな作品が原作品とは異なる表現、美、メッセージを有しているかなどの中身に踏み込んで検討し、新たな作品を許容することが著作権法の目的を促進するかという実質的判断がされる点に変わりはない。

 結果として米国、とくにニューヨーク州ではアプロプリエーションであっても、フェア・ユースの下で適法になる傾向が強まっているのが現状である。

おわりに

 日本では他人のイメージを取り込んだ作品に関する事件として1980年のパロディ事件最高裁判決が有名である(*14)。

 この事件は、グラフィック・デザイナーであるマッド・アマノが、写真家・白川義員(よしかず)の既存作品を取り込んだ上で作品を制作した行為が、引用として適法になるか、白川氏の同一性保持権を侵害するかが大きな争点となった。

 白川作品は、スキーヤーが雪山の斜面を波状のシュプールを描きつつ滑降している場景が撮影され、写真集で発表された後に保険会社AIUのカレンダーに使用された写真である。

白川義員の写真が使用されたAIUのカレンダー 出典=「パロディ、二重の声【日本の一九七〇年代前後左右】」図録220頁
マッド・アマノの作品 出典=「パロディ、二重の声【日本の一九七〇年代前後左右】」図録219頁

 これに対して、アマノ作品は、白川作品が使われたカレンダーの写真部分左側一部をトリミングし、白黒の写真にして、右上部にブリヂストンタイヤの広告写真から複製したスノータイヤを加えたものであった。

 最高裁は、旧著作権法の引用について「引用して利用する側の著作物と引用されて利用される著作物とを明瞭に区別して認識することができ、前者が主、後者が従の関係」にある必要があると判示したうえで、アマノの写真に取り込み利用されている白川の写真は従たるものとして引用されているとは言えないと結論付けている。

 パロディ事件最高裁判決から約40年が過ぎ、時代は変化している。米国の司法判断は変化した。日本では現代美術におけるアプロプリエーションが正面から争われた裁判例はまだ現れていないが、来たるべきその日に備え、著作権法の解釈を考え直してみる時期なのかもしれない。

 

*1──Martha Buskirk, The Contingent Object of Contemporary Art, The MIT Press, 2003, p.85.
*2──The Andy Warhol Foundation For The Visual Arts, Inc. v. Goldsmith et al, No.1: 17-cv-02532 (S.D.N.Y. 2019).
*3──なお、米国著作権法にフェア・ユースの規定が条文として入ったのは1976年である。もっとも、判例法によって成文化される以前にもフェア・ユースが認められていた。
*4──『美術手帖』2014年9月号77頁は、「既存の要素を戦略的に自作に取り込むこと。」と解説する。滋賀県立近代美術館『コピーの時代−デュシャンからウォーホル、モリムラへ』図録(2004)201頁の解説は、「他者の作品をそのまま複製し、自らの作品とすること。コンテクストを置き換えることによって、新しい作品を作ろうとする企てである。オリジナルの作品の忠実なコピーであっても、年代や製作者を偽りオリジナルであると主張して鑑賞者や収集家を欺くことを目的としない限り、贋作とは区別される。」とする。
*5──Getting Rid of Collage: Richard Prince on the Invention of Rephotography, Conversations: Issue No.1, Luxembourg & Dayan, 2018, p.14-21; Richard Prince, Practicing Without A License, 1977, http://www.richardprince.com/writings/practicing-without-a-license-1977/参照。
*6──Rogers v. Koons, 960 F.2d 301 (2d Cir. 1992).
*7──米国著作権法107条。
*8──Blanch v. Koons, 467 F.3d 244 (2d Cir. 2006).
*9──Campbell v. Acuff-Rose Music, Inc., 510 U.S. 569, 114 S.Ct. 1164, 127 L.Ed.2d 500 (1994). 
*10── Cariou v. Prince, 784 F. Supp. 2d 337 (S.D.N.Y. 2011).
*11──Cariou v. Prince, 714 F.3d 694 (2d Cir. 2013).
*12──とくに変容的利用とされた《Back to the Garden》と差し戻しの対象となった《Charlie Company》の区別は困難だろう。Amy Adler, Fair Use and the Future of Art, p. 603-604.
*13──Randy Kennedy, Richard Prince Settles Copyright Suit with Patrick Cariou over Photographs, N.Y. TIMES: ARTSBEAT, March 18, 2014, https://artsbeat.blogs.nytimes.com/2014/03/18/richard-prince-settles-copyright-suit-with-patrick-cariou-over-photographs/ 
*14──最判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁〔パロディ事件第一次上告審〕。

編集部

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