浅間温泉の記憶をたどる。4つの建築と現代美術
まず紹介したいのが、今回初めて芸術祭の会場に加わった浅間温泉エリアだ。松本市街地の北東に位置する浅間温泉は、長い歴史を持つ温泉地。今回会場となる4つの建物は、それぞれ温泉街が歩んできた歴史の異なる側面を伝えている。
そのひとつが、かつて芸妓たちの稽古場として使われていた旧浅間温泉芸苑組合(田辺薬品2階)だ。1968年に建てられたこの施設は、芸妓の稽古場であると同時に、旅館やホテルからの依頼を受けて芸妓を派遣する「検番」としての役割を担っていた。30畳の広間には舞台も設けられ、地域住民に向けた発表会なども開催されたという。

ここに作品を展開するのが、色彩豊かなインスタレーションで知られる鬼頭健吾だ。鬼頭は今回、寝袋を用いて小屋を模した作品を制作。眠ることや休むこと、身体が包まれることによる安心感と、閉ざされた空間がもたらす不穏さを共存させることで、過去と現在、現実と夢の境界を問い直す。
鬼頭はかつての老舗旅館「観山楼 小柳旅館」を再生した建築「松本本箱(松本十帖)」でも作品を展示する。松本本箱は、旅館の大浴場をブックストアとして改修した空間を持つブックホテルとして知られる場所であり、浴槽やカランを残しながら本棚が配置された空間では、旧浅間温泉芸苑組合とは対照的な作品を見ることができる。ここで用いられるのは、鬼頭の代表的な素材である色とりどりのフラフープだ。円環状のフラフープが反復するインスタレーションは、鏡張りの天井に映り込むことで、実際の空間を超えて無限に増殖するような視覚効果を生み出す。かつて身体を湯に浸すための場所だった空間が、本と出会う場所へ、そして現代アートを体験する場所へと変わる

続いて訪れたいのが旧吉沢土産店だ。大正から昭和初期に建てられたと推定されるこの建物は、かつて別荘として使用された後、土産物店や住宅、薬局などへと用途を変えてきた。現在は空き家となっており、外観には土産物店や薬局として使われていた時代の痕跡が残されている。ここでは、大垣美穂子の《Milky Way―Breath12》《Milky Way―Breath13》(ともに2026)が暗闇に浮かび上がる。

大垣は長年にわたり、人体と宇宙との関係をテーマに作品を制作してきた。今回展示するのは、老いや死へと向かう身体をモチーフに、無数の光を内包した人体彫刻。暗闇に浮かぶ身体から漏れ出す光は、内面に秘められた感情を思わせると同時に、人間もまた宇宙の一部であるという壮大な時間の循環を示唆する。近年、デイサービスの仕事にも携わっているという大垣。かつて人々が生活し、やがて使われなくなった建築と、身体の老いや死を見つめる作品という組み合わせからは、建物もまた人間の身体と同じように時間を重ね、変化していく存在であることが浮かび上がってくる。
1919年に建てられた私設図書館・松門文庫は、蚕種製造業者の二木洵によって、書画などを一般に公開するためにつくられた施設。建築には旧開智学校の流れをくむ擬洋風建築と近代和風建築の特徴が見られ、白漆喰の外壁や銅板うろこ葺きの玄関ポーチなど、細部にも見どころが多い。

ここでは中島崇がインスタレーション《無題》(2026)を展開する。中島は、梱包材や光を透過する素材を用い、建築の構造や光、人の動きなどを取り込みながら空間作品を制作してきた。梱包材を空間そのものを変化させうる素材へと転換するのが特徴だ。建築を保護することと、その空間に新たな表現を持ち込むこと。保存活動が続く松門文庫を会場とすることで、中島の作品は「守ること」と「変化させること」の関係についても考える契機にもなっている。



















