アートフェアに足りなかったもの
──まず、Basel Social Clubが2022年に誕生した背景について教えてください。当時のアートフェアを取り巻く環境に、どのようなものが欠けていると感じていたのでしょうか。
ロビー・オクダ・フィッツパトリック(以下、ロビー) ヤエルも私も、長年にわたって毎年6月にバーゼルを訪れてきました。私自身、ギャラリストとしてアート・バーゼルやLISTEに出展した経験があります。
2022年はパンデミックを経て、人々が再び同じ場所に集まれるようになった時期です。直接顔を合わせることへの強い期待があるいっぽう、バーゼルにはフェア以外に人々が集まれる場所、とくに夜に交流できる場所がそれほど多くありませんでした。そこで、既存のフェアとは異なる何かをつくる余地があると感じたのです。
じつは個人的なきっかけもありました。私のギャラリーはアート・バーゼルのあるセクションへの出展を申請していたのですが、最終的には参加が認められませんでした。それなら自分たちで何かを始められるのではないかと考えたのです。ただし、もうひとつのアートフェアをつくるのではなく、既存のフェアと並走しながら、そこに欠けていたものを提供したいと思いました。

ヤエル・サロモノウィッツ(以下、ヤエル) 私はパフォーマンスのキュレーターで、Basel Social Clubの共同設立以前には「The Performance Agency」という組織を立ち上げ、船や建設現場、教会など、美術館の外にある様々な場所でサイトスペシフィックなプロジェクトを手がけてきました。
私たちは以前から新しい形式について話し合っていました。作品を販売するプラットフォームでありながら、展覧会でもあり、パフォーマンスが中心的な役割を担う。さらにバーやレストランがあり、アートを中心に様々な体験が生まれる。そうしたモデルを考えることは、とても刺激的でした。
──同取り組みは、従来のアートフェアに対する批評やオルタナティブとして構想されたのでしょうか。それとも、フェアと並存する別のプラットフォームだったのでしょうか。
ヤエル どちらかといえば後者です。私たちはよく、既存の何かに対抗する存在なのかと聞かれます。でも、そこまで反発的な発想から生まれたものではありません。むしろ、必要とされていた新しいモデルだったのだと思います。
美術館やアートフェアなど、既存の機関やイベントと共生することも重要です。アート・バーゼルの開催期間には、すでに多くの人がバーゼルに集まり、ギャラリーも作品を現地に輸送しています。そうしたエコシステムのなかで、独自の活動を展開するプラットフォームなのです。

ロビー 第1回の会場は、住宅街にある庭付きの使われなくなった邸宅でした。コンベンションセンターで開催されるフェアとは、空間そのものがまったく異なっていました。
当初から既存のフェアとの協力関係を築くことも大切にしていました。最初に連絡した相手のひとりが、当時アート・バーゼルのディレクターだったマーク・スピーグラーです。アート・バーゼルの出展ギャラリーにも参加を呼びかけたいと伝え、彼の賛同を求めました。
彼は最初から私たちの活動を支持してくれました。そして、「アートフェアのように見えないのであれば、応援する」と言ってくれたのです。この言葉は、その後も私たちが大切にしていることです。ほかの都市へ展開する際にも、従来のアートフェアのようなものにはしないという原則を忘れないようにしています。
東京で生まれた新たな構想──なぜ「ジャズ」なのか
──この4年間、こうしたプラットフォームに取り組むなか、アーティストやギャラリー、観客がこうしたプラットフォームに求めているものについて、どのような発見がありましたか。
ロビー 私たちのプロジェクトには、アーティストやパフォーマー、ギャラリー、観客など、様々な立場の人が関わっています。それぞれの期待や要望のバランスを取らなければなりません。しかも、バーゼルでは毎年異なる会場で開催されるため、私たち自身も学びながら、場所や参加者に合わせて変化していく必要があります。

ヤエル 私にとっては「交渉」という言葉がしっくりきます。例えば、パフォーマーは大きな音を出したいかもしれませんが、隣の空間では静けさが必要な作品が展示されているかもしれない。様々な要素を調整しながら、ひとつの体験をつくり上げていくのです。
そして、観客が求めているのは、アートをほかの人々とともに体験することだと実感しています。従来のアートフェアを敷居が高いと感じる地域の人々も、音楽やパフォーマンスを通じて自然にアートと出会えます。
初めて作品を購入する人が多いことも特徴です。作品の販売によってアーティストを支えることは欠かせませんが、従来のフェアとは異なり、売買がより自然な交流のなかで生まれるのです。
──Tokyo Jazz Clubは、バーゼルでの取り組みをそのまま東京に展開するものではなく、東京の文化やアートシーンから着想を得た独立したプロジェクトだと伺っています。なぜ「Jazz Club」という名称を選んだのでしょうか。
ロビー Basel Social Clubを世界各地に展開するブランドにしようと考えたことはありません。バーゼルでのプロジェクトは、あくまでもその都市とアート・バーゼルの開催時期に根ざしたものです。
Tokyo Jazz Clubも同様に、東京のチームとともに、ここで起きていることから着想を得てつくられています。Basel Social Clubをそのまま持ち込むのではなく、基本的な考え方を共有しながら、東京にふさわしい別のかたちへと発展させたものです。

ヤエル 名称には遊び心もあります。「Social Club」という言葉は通常、会員制の排他的な社交クラブを連想させますが、Basel Social Clubは誰でも無料で参加できる、非常に開かれた場所です。その意味を反転させているのです。
「Jazz Club」も同じような発想です。私たちにとってジャズは、集団で耳を傾け、ともに体験し、即興し、秩序ある混沌を生み出すことを意味します。日本のジャズ喫茶や音楽を聴くための空間の伝統にも刺激を受けました。
ロビー 東京らしい文化から着想を得ることは重要でした。冗談ですが、「Tokyo Sumo Club」という名前にすることだってできたかもしれません(笑)。ただ、ジャズという概念について話し合うほど、キュレーションにも大きな可能性を与えてくれることがわかりました。
会場となる建物には8つのフロアがあり、それは音楽のオクターブとも重なります。建物全体をひとつの楽曲のように構成できるのです。ライブパフォーマンスやレコードを聴くためのフロア、映像やサウンド作品、エレベーター内で展開される音の作品など、建物全体が音に満ちた空間になるでしょう。
































