2022年から長野県松本市の名建築を会場に毎年開催されている「マツモト建築芸術祭」。その第3回が「マツモト建築芸術祭2024 ANNEX 消えゆく名建築 アートが住み着き 記憶する」としてスタートした。会期は3月24日まで。
これまで、松本市の中心部に数多く存在するノスタルジックな建築と、そこにインストールされた現代美術が共演するかたちで開催されてきたこの芸術祭だが、今回のメイン会場は松本城内に位置する、1968年に建設された旧松本市立博物館となっている。同館は取り壊しが決定しており、今回が解体前の最後のイベント。同館を訪れることができる最後の機会でもある。
総合ディレクターを務めるおおうちおさむは今回の開幕にあたり、次のように語っている。「これまでの2回は現代美術をインストールすることで、街中にある古い建物とその価値を見つめ直したいという思いで行ってきた。つまり、既存の建物を存続させたいという思いだ。しかし、今回はそれとは真逆の行為でもある。すでに壊されることが決まっている博物館なので、どれだけみんなの記憶にこの建物を刻めるかということだ」。
今年の芸術祭では、同館の地下1階のボイラー室から2階の展示室まで15組のアーティストが作品を展開。加えて、昨年開館した新松本市立博物館の1階ではショートフィルムの総合ブランド・SHORTSHORTSによる短編映画が上映され、会期最終日には信毎メディアガーデンでインストゥルメンタルバンドであるマウス・オン・ザ・キーズ(川﨑昭、新留大介、白枝匠充)によるライブパフォーマンスが予定されている。
中島崇は、旧松本市立博物館の建物を透明なフィルムで包むインスタレーション《ケア》(2024)を発表。使われた素材は、郵便物や段ボールを保護するために使われるフィルムでもあり、同館の建物を守るという思いも込められているという。光の反射によって建物が違う表情を見せたり、雨が降ると水滴がついたりするなど、通常とは異なる表情の同館をと向き合うことができる。
博物館の入口では、松本市出身の広告写真家・白鳥真太郎が1991年に制作したラフォーレ原宿の年間キャンペーンの写真が展示。中央の吹き抜けの空間には、鬼頭健吾によるインスタレーション《lines》(2022)が設置されており、同館の特徴的な螺旋階段をのぼりながら異なる角度から同作の変化を楽しむことができる。
磯谷博史は、長年使用されてきた博物館の展示ケースのなかに発光するふたつのガラスのボトル作品《花と蜂、透過する履歴》(2018)を展示。ボトルのなかには蜂蜜が満たされている。蜂蜜の腐らない特性は、「博物館の所蔵品より長く保存され、博物学の最適なメタファー」(おおうち)だという。
村松英俊は、様々な古い道具の一部を大理石に置き換えた作品群を展開。宇佐美雅浩による写真展示「Manda-la 曼荼羅」では、1枚の写真に大勢の人を集めてひとりの中心人物の世界を表現する作品が集まる。写真は合成ではなく多くの人々が参加するため、撮影が実現されるまでの交渉は平均して2年〜3年が必要だという。
1993年から花や植物を木でつくっている須田悦弘は、わずか数センチの木彫作品《雑草》(2024)を展示。「日常のなかにちょっとした違和感を与えるだけで、空間全体を仕切っている」(おおうち)。
熊野寿哉による生け花の作品《パンタレイ》(2024)は、壊れゆく建物とともに会期終了に向けて朽ちていく。木目込みという日本古来のテキスタイルを埋め込む技法で作品を制作している谷敷謙は、この技法を使ってつくった最初の作品《-PAUSE- Usa Usa》(2016)とその姉妹編とも言える《-PAUSE- Kuma Kuma》(2018)を展示。娘2人が着ていた服を素材につくられたこれらの作品には、家族の記憶や生命の実感が重ねられている。
「未来の宗教画」をコンセプトに藤井フミヤが1993年に制作した3点のCG作品を鑑賞後、2階に向かおう。2階には、「リピート構造」のように繰り返して構成される作品が並んでいる。
板坂諭がレジンでつくった風船の作品《Balloon sculpture》(2023)は、生命の儚さを風船が膨らんで浮かんで最終的には沈んでいくことに例えたもの。割れるはずの風船を割れない素材でつくることで、人間の欲望を表現している。また会期中には、風船の数も増えていくという。
「満ち欠けの先に、四つの月」というタイトルの五月女哲平の展示では、会場外の松本城を借景し、正方形の黒いパネルに色の微妙なグラデーションで同じサイズの円が描かれた連作が並ぶ。複数のシャンデリアによる米谷健+ジュリアのインスタレーション《クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会》は、1点1点に原発保有国の国名を付け、同国の原発による電力の総出力規模をシャンデリアのサイズに比例させたもの。ウランガラスを用いて制作された同作では、ブラックライト照射によって幻想的な緑色の光を発している。
続く展示室では、造形を並べることでその意味を剥奪し、造形の本質を見極めるという「タイポロジー(類型学)」をコンセプトに、ドイツのベッヒャー派のひとりとして知られるカンディダ・へーファーによる写真10点が展示。すべての空間が静止したように見える写真群は、空間の定義について考えることを促す。
最後に地下1階のボイラー室では、河合政之による大規模なインスタレーション作品《三元素》(2024)が出現。タイトルの「三元素」とは、水、火、風を指し、過去にこれらの要素が混ざり合って化学反応が起こっていた会場となるボイラー室にも重なり合う。作品で使われている映像は、ヴィデオ・フィードバックという手法でつくられており、偶然的な要素をはらんで、絶えず変化するかたちや色、音が生み出されている。
総合ディレクターのおおうちは、今回の芸術祭において同館の普段とは異なる使い方を意識して展示構成したと強調している。ぜひ多彩な現代美術の作品を通して、同館建物の異なる側面を発見し、最後の思い出を心に刻んでほしい。