「なぬもかぬも」
続く空間には、展覧会名と同名の作品《なぬもかぬも》(2025〜26)が展示されている。本作は、高さ4.12メートル、長さ200メートルに及ぶ写真絵巻を中心に、映像や写真22点で構成。「なぬもかぬも」は三陸沿岸部の方言で、「なんでもかんでも」「お手上げだ」「海の底の深いため息」など、人や環境によって多様な意味を帯びる言葉だ。志賀は、特定の意図で大衆をひとつの行動へ誘導するプロパガンダと対極にある、意味の開かれたこの言葉に着目し、そこから主人公・褜男の着想を得たという。

写真絵巻は全3章からなるが、先行する展示室の《あの夜のつながるところ》との連続性を考慮し、第2章、第3章、第1章の順序で配置されている。画面には、現地のフィールドワークにもとづくロードムービーを思わせるテキストが併記されている。人の背丈をはるかに超える巨大な画面は、至近距離で細部のモチーフを確認することも、引いた位置から全体像を捉えることも可能であり、視点の距離によって異なる鑑賞体験をもたらす。
この写真絵巻の動線上に位置する小部屋では、《えなおの逆さぶね》が展示されている。宮城県石巻市渡波に生まれた漁師・褜男が、1929年からの100年を生きる架空の生涯を、イメージとテキストによってたどる空間だ。海底に投げ出され、鯨の胃の中に漂着する場面や、自らの臍の緒が母の胎盤とつながっていることに気づき、マキリ(漁師の小刀)でそれを切り離す結末までが描かれる。壁面には物語を綴る文字とともに、内臓などを写した写真が配置され、生々しい質感とともにが褜男の物語が示される。

会場の最奥に位置する明るい展示室には、その鯨の胃の中で見た光景を具現化した22点の新作写真が並ぶ。志賀はかつて、東北で出会う風景を小さなファインダーで切り取ることに違和感を覚えていた。しかし、リサーチ過程で立ち会った鯨の解体現場に「見たことのない風景」を見出し、その内臓の様子にひとつのランドスケープとしての実感を得たという。同じ哺乳類である自身の内臓世界とも地続きであるその風景を介することで、志賀は東北の風景を写真へと定着させた。

これらの作品が交差する位置に配されているのが、約20分のループ映像《えらがらみでうまれた》だ。本作に決まった筋書きはなく、均質に時間を刻む一般的な時計ではなく、展示空間全体をかき混ぜる「時計」としての機能を担う。展示室には「えな袋」と呼ばれるクッションが設置されており、鑑賞者は腰を下ろして映像を観ることができる。



















