故・梅原猛(哲学者)の生誕100年を機に梅原記念財団が創設した「梅原猛人類哲学賞」の第1回受賞者が、写真家・志賀理江子に決定した。
同賞は、西洋の思想哲学を乗り越える「人類哲学」を提唱した晩年の梅原の遺志を継ぎ、既存の考え方にとらわれず、人類の持続性に豊かな地平を拓く学術的冒険や芸術的冒険に挑む個人等を対象とするもの。正賞と副賞100万円が贈られる。
受賞者の志賀は1980年愛知県生まれ。写真集『CANARY』で木村伊兵衛写真賞を受賞。2008年に宮城県へ移住し、東日本大震災で被災した。その地に暮らす人々との出会い、人間社会と自然の関わり、何代にもわたる記憶を追求し、震災以降の「復興」への煩悶、人間精神の根源への遡及を表現している。昨年にはアーティゾン美術館で「ジャム・セッション『漂着』」に、山城知佳子とともに参加した。
なお本賞の選考委員は山極壽一(総合地球環境学研究所所長、委員長)、奥野克巳(立教大学教授)、長谷川祐子(キュレーター、京都大学経営管理大学院客員教授)、福岡伸一(青山学院大学教授)、細川俊夫(作曲家)、鷲田清一(大阪大学・京都市立芸術大学名誉教授)が務め、13名の候補者から選出された。
選考委員会は受賞理由を以下の通りとしている。
志賀理江子は呻吟する作家である。これまでずっと、世界というものの閉塞に全身をぶつけてきた。
写真集『CANARY』で木村伊兵衛賞を受賞した志賀は、2008年、宮城県名取市北釜に移住したが、2011年の大震災で村ごと津波に襲われた。被災後、生き残った地元の方々と避難、避難所・仮設住宅でともに暮らすなか、流出した家族のスナップ写真の洗浄にとりかかり、同時にせんだいメディアテークで被災と自身の制作との関係についての煩悶をそのまま市民らの前で連続レクチャーの形でおこなうという〝無謀〟な試みを果たす。集落のなかで他の人たちとともに生きることの意味は何か? 震災における被災よりもそこからの復興過程がむしろより破壊的な暴力であったのはなぜか? そうした問いに向きあうなかで生まれたのが写真集ならびに写真展《螺旋海岸》である。村民やボランティア・スタッフらを巻き込んだ制作であった。
その間、自分のイメージで世界を〝制覇〟する『CANARY』から、共同体、とくに民俗的伝承の水面下に潜り込んでの制作へと、大きな転換があったが、そのイメージのただならぬ強度には微塵の変化もない。死や喪失といった契機を深く内蔵する生命の根源へ降りてゆくことと、もろもろの制度や消費に蝕まれてきた精神の極限状態への問いとが交叉する地点で、写真のみならず映像作品、野外でのインスタレーション、さらには個展《ヒューマン・スプリング》(東京都写真美術館、2019年)など、国内外の大がかりな展覧会にも取り組む。
コロナ禍の渦中での発言「ステイホーム、その内へのこもり方が中途半端だった」との発言もふくめ、そのイメージ喚起力と、問いを根元にまで突きつめる構えとにうかがわれるその破格的な強度において、「梅原猛」を記念する賞にふさわしい仕事と思われた。
選考委員一同、授賞が決まってから知ったのだが、彼女が現在、制作の拠点を置く宮城県石巻市は、梅原猛の生母の故郷である。はからずも本賞創設の巡りあわせかとおもう。
また、受賞した志賀のコメントは以下の通り。
梅原猛人類哲学賞、第1回目の賞をくださるとのこと、大変に驚きました。
私が一体、何かをできてきたのだろうか、全くもって謎で不安です。
しかしながら、梅原猛、という哲学者の名前を聞き、また彼が今から100年前に宮城県で生まれたと知って、今、とても近しく感じる人がいます。私は宮城県石巻市を拠点に制作活動をしていますが、同じ石巻市牡鹿半島の「桃浦漁港」には、梅原さんより4歳若く、今年2月に97歳を迎える現役漁師、甲谷強さんという方が住んでおり、私はこの方の話を聞くため、三陸の漁師の生業を学ぶため、頻繁にお家に通っているのでした。
甲谷さんが生きてきた時代は、激動なる約100年です。彼は着物を着て暮らしていた3歳頃からの記憶がはっきりとあって、その頃を昨日のことのように語ります。甲谷さんと話していると、約100年前の三陸世界、桃浦集落の生活と人々、思春期まで続いた戦争の内実、激変した社会と自然、遠洋漁業の航路で出会った国々と人々の様子、厳しい生業、、、それらがどのような怒涛なる時空で、彼というひとりの人間を通り抜けていったのか、生々しく感じることができます。そして、そのすべてが複雑な因果となって「今」の時代を生み出し続けていることも。
私にとっては、甲谷さんの生の声で聞く言葉ひとつひとつが、私に何事をも深く深く考えさせるという意味で「哲学」です。
今はもう、天にいる梅原猛さん、少しの間でいい、あなたが生まれた宮城県にその魂を戻し、東北の地で繰り広げられる、東日本大震災後の復興政策がもたらした光景を今一度ご覧になってください。そして、梅原さんはどう思うのか、何をここから考えるのか、改めて私たちに語ってくれないでしょうか。私は、ここに生きる私の葛藤ともがきを、人々と自然の痛みを、梅原猛という哲学者にぶつけてみたかった。
梅原記念財団と選考委員の皆さま、私とその作品について関心を持ってくださり、感謝申し上げます。これまで制作してこれた作品とは、私に強く影響を与え、もっと自分の頭で深く
考えよと諭してくださった、沢山の方々の存在から成ります。





















