「Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023」は志賀理江子と竹内公太が受賞。審査員が受賞背景を語る

中堅アーティストを対象に、2018年度から行われている現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」の第3回では、写真家・志賀理江子とアーティスト・竹内公太が選出された。その受賞理由について、6名の選考委員に聞いた。

志賀理江子 人間の春・昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日 2019 Cタイププリント

 中堅アーティストを対象に、海外での展開も含めさらなる飛躍を促すことを目的に、東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が2018年度から主催している現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」。第3回となる「TCAA2021-2023」では、写真家・志賀理江子とアーティスト・竹内公太が選出された。その受賞理由について、6名の選考委員に聞いた。

人間の本質や生と死に真摯に向き合う

 08年から宮城県に移住し、その地に暮らす人々と出会いながら、人間社会と自然のかかわりや、死の想像力から生を思考すること、何代にも溯る記憶などを題材に制作を続けてきた志賀。11年からは、東日本大震災での沿岸部における社会機能喪失や、厳格な自然法則の体験を、戦後日本のデジャヴュのような「復興」に圧倒されるという経験に結びつけながら、人間精神の根源を追及する試みを見せている。

志賀理江子

 その作品について住友文彦(アーツ前橋館長/東京藝術大学大学院准教授)は、「東日本大震災からの『復興』を通して近代社会がいかに人々の精神を抑圧してきたかを考えることには大きな意味がある」としつつ、その制作と思考には「中心と周縁、死と喪、規制と自由、自然との調和、など私たちが生きている社会を考える重要な要素が凝縮され、作品をつくることを通して彼女がこれらと向き合おうとしていることを本アワードが支援することには大きな意義があると考える」と評価している。

 近藤由紀(TOKASプログラムディレクター)は、「トラウマ的状況や関連する社会状況をトピックとして扱うのではなく、この問題を深く掘り下げることで人間の本質や生きることそのものに真摯に向き合って制作している」と語る。初期から一貫して扱っている生と死の問題は、「新しいプランではそれが具体性を残しながらも抽象化していく過程で、まるでひとつの哲学を創造しているかのようだった。また写真というメディアの独特な解釈による実践的な拡張の試みは、作家のこれからの制作をさらに押し広げていくのではないかと感じた」。

志賀理江子 螺旋海岸 31 2010 Cタイププリント

 また、キャロル・インハ・ルー(「TCAA2021-2023」選考委員長/北京インサイドアウト美術館ディレクター)は志賀の写真についてこう述べている。「彼女の写真を見ると、その撮影された自然の風景や社会環境といったものの水面下に潜り込んでいるような気分になる。写真そのもののあり方や人間心理との等価性について、深く考察し続けてきたからなのか、彼女にとって写真とは、人間性の意識と無意識の間や、生と死の間のイメージを映し出すものである」。

 ルーによると、志賀の写真は私たちが生きている社会の精神や歴史を伝えるという力を持っており、志賀はその力を信じているという。「だから創作の場を、コミュニティーのなかに置き、住民と時間を共有し、暮らすことは、彼女の創作活動のプロセスにおいて非常に重要なことである。写真を撮るということは、単にアートを生みだすための方法ではなく、東日本大震災の被災体験であることを踏まえ、震災とその爪痕に立ち向かいながら生きていくために必要不可欠な行為なのだ。それ故に、欠かすことができないのだ」。

日本固有の文脈を超えて共感される問題意識

 いっぽう福島県に生活と活動の拠点を置く竹内は、東京電力福島第一原発のライブカメラを指差した「指差し作業員」の代理人として作品の編集・展示を代行することで知られているアーティスト。パラレル、身体、憑依といった手段で、時間的・空間的隔たりを越えた活動を通じてメディアと人間の関係を探り、鑑賞者に作家自身との疑似的な共有経験を提供するようなスタイルだ。

竹内公太

 高橋瑞木(CHAT[Centre for Heritage, Arts and Textile]エグゼクティブディレクター兼チーフキュレーター)は、竹内の作品には記憶を語り継ぐための方法、マテリアルが有するメディアとしての特質、そしてそれらに対する人々の受動性への関心という点から一貫性が見られると話す。「コロナ禍において人々の移動が制限され、デジタルメディアを通して与えられる情報への私たちの依存性がますます高くなっている現在、竹内の問題意識は日本固有の文脈を超えて、より多くの人々に共有される可能性を強く感じさせられた。また、竹内が時事的、歴史的な事件を取材するにあたり、その事件の無名の当事者と時間をかけて信頼関係を築き、深く関わっていこうとする制作態度が評価された」。

 また、ソフィア・ヘルナンデス・チョン・クイ(クンストインスティテュート・メリー[旧称ヴィッテ・デ・ヴィット現代美術センター]ディレクター)も、竹内の作品は「ある出来事に対する感情的な影響や、個人または集団の記憶の形成をたどることへの深いこだわりを感じ取ることができる」とコメント。

竹内公太 盲目の爆弾、コウモリの方法 2019-2020 映像、32分

 鷲田めるろ(十和田市現代美術館館長)は、さらに竹内の作品テーマについて次のように語っている。「竹内公太の作品は、東日本大震災、福島原発事故、第二次世界大戦といった歴史的・社会的テーマを扱うという面と、『テレ』ヴィジョンなどの映像や監視の技術から、射撃・ミサイルといった兵器、ドローンに至るまでの、遠隔技術の倫理性を問う面と、両方がある」。その作品に一貫して見られるテーマは、視覚芸術を扱うアーティストがいま考えるべきものだという。

 「東京都現代美術館での展覧会とモノグラフとで彼の作品を複数同時に見せることによって、彼の一貫した問題意識を強く、説得力を持って示すことができる。新作案は、遠隔攻撃の盲目性をも見据えており、このテーマを着実に展開させる作品。そして、何よりも、遠隔で見られる側、攻撃される側に、できるだけ近づこうとする彼の真摯な姿勢に共感した」。

竹内公太 文書1:王冠と身体 2020 インスタレーション、紙にレーザープリント

 なお3月19日と21日には、「TCAA2021-2023」の授賞式とシンポジウムが東京都現代美術館で開催。いずれもオンラインで配信予定だ。また、20日からは第1回TCAA受賞者の風間サチコと下道基行による「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展」も開催予定となっている。

 コロナ禍の時代に本アワードが持つ意味について選考委員長のルーは、「この賞は、アーティストに国内外の美術批評家やキュレーターとのつながりの場を提供するためのものである。つながりというのは、いつ何時も非常に意味のあるもので、アーティストと選考委員が熱心にアートを見つめ、互いに意見交換することを可能にする」と話す。

 「アーティストにとってだけでなく、選考委員や参加者にとっても意味のあるものであることがわかる。決して表面的な交流で終わることなく、それぞれのアーティストが満遍なく自身の作品について発表できたおかげで、アーティストと選考委員が意義のある対話をし、お互いの理解を深めることができた。私にとっては、これがもっとも貴重な経験となった」。

 また、審査員の住友はこう続けた。「国際的な活躍を後押しするこのアワードの目的は、必ずしも海外への渡航や海外の美術館での発表を支援するだけではなく、アーティストが国や文化を越えた視野を持つことを目指していると考えているので、世界中が同じパンデミック下に置かれ、グローバル化の諸問題に直接向き合う経験が何をもたらすのか、非常に興味深いと思っている」。

編集部

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