「民藝SHOCK!!―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎」(静嘉堂@丸の内)開幕レポート。昭和初期作品が一挙公開【2/2ページ】

第3章「創造の源泉」

 広々とした展示室に作品が並ぶ第3章は、寛次郎作品と、寛次郎が着想を得たと思われる中国・朝鮮・日本のやきものが対比するように配置されている。なかでも異彩を放つのが、《曜変壺》と《曜変櫛目盒子(ようへんくしめごうす)》だ。「曜変」とは本来「窯変(窯の中での変化)」を意味するが、寛次郎の作品で「曜変」の名が付けられたのはこの2点しか知られていない。京都市陶磁器試験場時代から培われた膨大な釉薬研究の成果が現れた作品だ。

右から、河井寛次郎《曜変壺》(1927〜28)、《曜変櫛目盒子》(1927〜28)、《流し描き盒子》(1932頃)
《曜変天目(稲葉天目)》(建窯、12〜13世紀)

 さらに本章では、同館が所蔵する国宝《曜変天目(稲葉天目)》も展示されている。完全なかたちで現存する世界でわずか3点の曜変天目のうちの1点であり、寛次郎の「曜変」作品とあわせて鑑賞できる貴重な機会となっている。なお、本展の会期中に、東京・上野の東京国立博物館で開催されている「大徳寺 本朝無双之禅苑」展(10月14日〜11月8日)でも別の曜変天目が公開される。両館では相互割引(入館券半券の提示で100円引)も実施されているため、この機会に2つの「曜変天目」をあわせて巡ってみたい。

第4章「岩﨑小彌太と近代陶芸─邸宅の装飾と愛用の品々」

 最終章では、静嘉堂の創設者のひとりである岩﨑小彌太のコレクターとしての足跡に光を当てる。小彌太は中国古陶磁を体系的に蒐集し鑑賞するいっぽうで、日常の暮らしや邸宅を彩る品としては当時の近代作家たちの作品を愛用したという。寛次郎作品が静嘉堂に大切に手元に残された背景には、パトロンでありよき理解者であった小彌太の存在があったからだと言える。

 寛次郎の昭和初期の作品51点が勢揃いする本展。寛次郎が何に衝撃を受け、それをいかに咀嚼して独自の美へと昇華させたのか。その創造の軌跡を体感できる機会となっている。

編集部