ソー・ソウエン「Air Condition」(熊本市現代美術館)会場レポート。キーウで重ねた呼吸を通して示す「世界の分断への抵抗」【2/2ページ】

言葉の往復を介して生まれた作品

 また、キーウ滞在中に初めて対面した「N(仮名)」との対話から制作されたのが、《N: 20.04.26-04.05.26》(2026)だ。2人は渡航前から《Air Condition》の準備を通じてやり取りを重ねていたが、キーウ市内の、「バビ・ヤール」(*1)や「Garage33」などが所在するNの暮らす地域で初めて会った際、ソウエンが「どれだけ凍てついた状況下でも、ここにある身体は確かに熱を有して生きているという事実に触れ、Nと作品をつくりたい」と強く望んだことがきっかけとなった。

ソー・ソウエン《N: 20.04.26-04.05.26》(2026)シングルチャンネル・ビデオ、ガラス瓶、キーウの空気、日記、カーテン 18分56秒

 ウクライナ南東部出身のNは、同地がロシアの占領下となったことで故郷を離れ、キーウへと移住した経緯を持つ。まだ言葉にできない体験が多々あることも受け止めながら、対話とテキストによって編み上げた本作は、ソウエンとNによる複数回の往復書簡のようなプロセスのなかでかたちづくられた。作品の最後に添えられたソウエンからNへの言葉には、Nの職場が空撃にあった事実や、戦争という事態を前にした作家自身の迷いや葛藤、模索が率直につづられている。

ソウエンがキーウ滞在中に書き留めていた日記

 会場には、ソウエンがキーウ滞在中に書き留めていた日記も展示されている。閲覧可能なノートには、「とうとう来てしまった。何度も覚悟を決めてきたはずなのに」といった渡航当時の率直な思考や感情が記録されている。過酷な事態に直面しながらも、自身にできる表現に向き合おうと葛藤するソウエンの姿勢をうかがい知ることができる。

ソー・ソウエン《Let Us Say: It’s Not Forgotten 2026》(2026)シングルチャンネル・ビデオ 3分34秒

 あわせて展示されている《Let Us Say: It’s Not Forgotten 2026》(2026)は、1日に1回、14時59分から約3分半のみ上映される映像作品だ。本作はクリコフスカとのコラボレーションにより制作された。キーウの森のなかに置かれたクリコフスカの身体を象った彫刻との間に、生命の象徴である「卵」を挟み、戦禍の犠牲となった命を悼むパフォーマンスを展開する。ロシアによる全面侵攻後、SNSを通じてクリコフスカの活動を知ったソウエンは、クリコフスカと連絡を取り合いながら対話を重ねてきた。上映開始時刻の15時(日本標準時)は、ウクライナにおける午前9時にあたり、現地で毎日実施されている1分間の黙祷の時刻に重ねられている。

 戦禍の地に身を置き、目の前の「個」の生に向き合ったソウエンの創作の軌跡は、離れた土地で起きている戦争を他人事のニュースとしてではなく、鑑賞者自身と地続きの出来事として引き寄せる。誰もが等しく行う「呼吸」という行為を通じて、空気を循環させ、静かに、しかし確かに、「世界の分断への抵抗」を示すことを試みている。

*1──キーウにある渓谷「バビ・ヤール」は、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによる大量虐殺の現場となった地。

編集部