絵画で追い求める身体。soh souenインタビュー

神宮前のキャットストリートに位置するギャラリーThe Massで、アーティスト・soh souen(ソー・ソウエン)の個展「ささやかな叫び A Modest Scream」(11月21日〜12月27日)が開催中だ。それぞれの作品のコンセプト、表現に込めた思いなどを聞いた。

聞き手・構成・写真=中島良平

soh souen

 現代の絵画作品の可能性を探求する気鋭のアーティスト、soh souen(ソー・ソウエン)の個展「ささやかな叫び A Modest Scream」(11月21日〜12月27日)が開催中だ。3つの展示室で構成される会場には、2019年から制作を続けているポートレートのシリーズ「tie」、抽象表現によるパステル作品《etude》《caress and hug》、インスタレーション作品《my body, your smell, and ours》が展示されている。それぞれの作品のコンセプト、表現に込めた思いなどを聞いた。

──1階の展示室に入ると、デジタル画像を連想させるようなポートレート作品が並びます。作品のコンセプトを教えてください。

 「tie」というシリーズなのですが、知り合いの証明写真をもとに制作しました。証明写真に写っている人物を一度ピクセル状に分解して、それをドット状に描いた作品です。ピクセル(pixel)という単語は、細胞を意味するセル(cell)という単語を想起させたり、写真のエレメント(picture element)という語から派生したともいわれていたりしますが、実際の自分たちの身体もよくよく考えると細胞の集合体です。ドット状に描くことで私(私たちのすべて)が様々な外的要素、すなわち他者の集合体として成立していること。この絵や私たちが他者の知覚によって呼び起こされているということを、現代の形式で絵画に落とし込めないかと考え、この作品を制作しました。

「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、「tie」シリーズ
「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、「tie」シリーズ

──証明写真のフォーマットを採用して、オーソドックスなポートレートにした意図はなんでしょう?

 証明写真は現代において、身体以上にその人を指し示すソースとなっています。そのことを批評的な態度で抽象画にしています。

──デジタル表現を連想させる画面づくりと、マニュアルな絵画という手法の両立が特徴的です。

 絵画はイメージでありながら、実際の作品は物質として存在しています。もしこの作品を画像で見たらピクセル的なドットの集合体ですが、現物をみるとそこには質感がありますし、絵画の恥部と呼べるような生のキャンバスがのぞいている部分もあります。鑑賞者が空間を歩くとき、作品から一定の距離を取れば人物像に見えるけど、近づいたときには像が消え、絵具、キャンバスといった具体物に還元される経験も誘発できる作品だと考えています。

「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、「tie」シリーズ
「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、「tie」シリーズ

──身体性をとても意識させる作品です。「tie」の展示室の上のフロアにあるふたつの部屋には、パステルの作品が並びます。これらはの制作は、顔料や土を混ぜてパステルを自作することからスタートしたそうですね。

 市販のパステルは基本的に棒状で、出てくるかたちや色が限定されてパステル画は出来上がります。それをもっと自由にできないかと考え、自分で岩絵具などの顔料を独自に混ぜたりしながらパステルをつくり始めました。棒状に固まったパステルと違って、泥団子状につくったパステルは手に握りやすく、それを画面に乗せると色が濃いので手で伸ばせるんですね。なので、パステルで描くというよりもパステルの色を置き、あとは手で描く作業です。より密接に画面と関わり、親密な画面形成ができるのが自作のパステルで制作するメリットだと考えています。

──パステルによるふたつの作品シリーズを紹介していただけますか。

 「etude」というのは、本当に自由に色を伸ばしたり、手で関わりながら表現を引き出してあげるような、ドローイングや習作的な意味で描いている作品シリーズです。もう少しサイズの小さな「caress and hug」というシリーズは、小さな画面の上で手を動かすことで、小さな身体性でイメージの構造をつくる過程に興味を持って制作しています。2点の大きなパステル画《Please hush, a kind scream》(2019)と《With your eyes I'll see the deepest, most dazzling place withinyour world》(2020)は、「etude」と「caress and hug」の制作過程から出てきたイメージを取っかかりとして、画面を構成した作品です。

「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、「caress and hug」シリーズ
「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、「etude」シリーズ

──パステル作品もやはり身体性を軸に手がけたということですね。

 パステル画は一般的に、画面が消えないように定着材を吹きかけて仕上げますが、私は定着剤を用いないので、触ると顔料は手に移ってしまうんですね。適切な距離を取って作品と関わらないといけないですし、そのような脆い物質として存在する緊張感をたたえることは、私たちの身体も接触によって即座に変容してしまう存在であることに気づかせます。今はモニター上の画面を指で触れてズームしたり、画面に直接触れるのが当たり前で、物質性がないイメージにも触れられる時代になっていますが、そういうのに対して感じている違和感のようなものも制作の動機になりました。

「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、左から《Please hush, a kind scream》(2019)と《With your eyes I'll see the deepest, most dazzling place within
your world》(2020)

──「etude」が展示されている展示室に入ると、さまざまなハーブが並び、香りがとても印象的です。

 これは《my body, your smell, and ours》(2020)というインスタレーションで、25種類ほどのハーブと香木をピックアップして、身体のフォルムをした器に入れて並べることで香りの共同体をつくりました。治癒、浄化がテーマです。今年、体調不良があって手術を受ける機会があったのと、外を見ても新型コロナ禍で社会は大きく変わりました。そういうことに対してのささやかなメッセージじゃないですけど、やはり感覚に直接訴えかけるものとして、実際に会場に足を運ばないと体験できない作品をつくった背景にも身体性への意識があります。

「ささやかな叫び A Modest Scream」展示風景より、「etude」シリーズと《my body, your smell, and ours》(2020)

──絵画表現にこだわりながら、異なる手法にも挑戦していく今後の展開も楽しみにしています。

 どんどん時代は移り変わっていくと思うので、その時々に適切なメッセージを発信できるように研究を怠らずにじっくり表現と向き合っていきたいです。現在はオンラインやバーチャルな技術の発達の恩恵を受けていて、それを否定したいわけではまったくありませんが、その発達の裏で、身体が置き去りになっているように思えます。作品を通して、拠点としての身体の有用性みたいなものを伝えていきたいと考えています。

soh souen

編集部

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