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「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」展(国立西洋美術館)開幕レポート。レンブラントが追求した銅版画の可能性とその影響をたどる【3/3ページ】

第3章「世紀を超えるインパクト─19-20世紀」

 第3章「世紀を超えるインパクト─19-20世紀」では、19〜20世紀における、レンブラントの銅版画の影響を知ることができる章だ。

左から、レンブラント・ファン・レイン《ライオン狩り(大)》(1641)、フランシスコ・デ・ゴヤ《〈闘牛技〉5:勇壮なモーロ人ガスールは、規則に従って牡牛を槍で突いた最初の男》

 レンブラントの銅版画があまり知られてこなかったスペインでは、フランシスコ・デ・ゴヤ(1746〜1828)が知人のコレクションなどに含まれていたレンブラントのエッチングを研究し、自身の版画作品に反映させていった。

左から、アドルフ・マルシアル・ポテモン《腐蝕銅版画家協会本部》(1864)エッチング 個人蔵、ジュール・ジャックマール《『腐蝕銅版画家協会集:近代の銅版画』第1集扉(エッチングのめざめ)》(1863)エッチング 町田市立国際版画美術館。エッチングの価値向上に大きな役割を果たした腐蝕銅版画家協会の隆盛を伝える資料

 また、19世紀のフランスでもエッチングが高く評価されるようになる。エングレービングのようなイメージの複製とは異なり、自由度の高い線描の表現が可能なエッチングは、作家性を発揮できる表現として再発見された。1862年、「芸術としてのエッチングの普及」を目的として、パリにて「腐蝕銅版画家協会」が設立。協会と、協会を支持するフランスの批評家たちは、レンブラントを「芸術としてのエッチング」を象徴する存在として評価し、そのエッチングの表現の豊かさや、刷りまでの工程を自らが担ってその芸術性を追求する姿勢がひとつの目標とされた。

レンブラント・ファン・レイン《書斎の学者(ファウスト)》(1652頃)エッチング、ビュラン、ドライポイント 国立西洋美術館
シャルル・ブラン『レンブラント全作品の記述と注釈』(1873)レンブラント・ハウス美術館。レンブラントの当時判明していた全版画と絵画作品が収録されていたカタログレゾネ 

 レンブラントが1652年頃に制作した《書斎の学者(ファウスト)》は、主題に見られる幻影や、添えられた意味深長なテキストなどから、世紀をまたいで様々に解釈され、人々の想像力を掻き立ててきた作品だ。例えば18世紀にはヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)が本作を所有しており、戯曲『ファウスト』(1808)の着想源にもなった。さらに19世紀以降も、エッチングの再評価とともに多くの人に愛好される作品であり続けた。

アルベルト・ジャコメッティ《左:〈セザンヌ夫人の肖像〉の模写、右:レンブラント〈窓辺でエッチングを制作する自画像〉の模写》(1956)紙に鉛筆 国立西洋美術館。ジャコメッティはレンブラントを尊敬しており多くの模写を残した

 続く20世紀になっても、レンブラントの版画はアンリ・マティス(1869〜1954)、パブロ・ピカソ(1881〜1973)、アルベルト・ジャコメッティ(1901〜66)といった芸術家たちに影響を与え、模写されたり、作品の着想源になっていった。

 本展の魅力は、レンブラントという著名な画家が版画に傾けた情熱を知ることができるだけではない。その創作を受容する風土を育んだ17世紀オランダの社会や、銅版画の可能性を信じた作家たちの創意工夫などが、豊富な作品群から読み取れる。版画というメディアが持っていた可能性を改めて教えてくれる機械であるとともに、今後の版画の見方に新たな射程を与える展覧会と言えるだろう。

編集部

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