第1章「レンブラント、版画の挑戦」
第1章の1-1「肖像と頭部習作」は、レンブラントがエッチングに取り組み始めた1625年頃から晩年に至るまでの肖像画や自画像を紹介している。ここでは、レンブラントがエッチング技術の習熟のために制作した自画像や近親者の肖像などが展示されている。とくにレンブラントは、自身の驚いた顔や笑った顔といった様々な表情を作品に残しており、人間の表情を豊かに表現することに強い興味をもっていたことが示されている。


1-2「社会的周縁者と庶民たち」は、レンブラントがモチーフに注いだ眼差しの所以を検証。レンブラントが活躍した17世紀のオランダでは、女性たちの日常や娼館、祝祭の風景などを描いた風俗画が流行した。レンブラントもエッチングの技術習得の過程で、旅回りの楽師、行商人、無宿者といった社会の周縁にある人々をモチーフにしている。当時の都市に生きる人々の細かな仕草や表情を写し取ろうというレンブラントの眼差しからは、生きた人間のリアリティに切迫したいという熱意が見て取れる。

1-3「宗教主題」では、レンブラントが数多く手がけたキリスト教主題の作品群を紹介している。本セクションでとくに注目したい作品は《百グルデン版画》(1648頃)だろう。病人を癒すキリストの姿を描いた本作は、エッチング、ドライポイント、エングレービングといった手法が巧みに組み合わされており、レンブラントが銅版画で試みようとした豊かな表現が結実している作品といえる。キリストが放つ光によって生み出された影の部分には、ドライポイントによるにじみが効果的に使われており、陰影の豊かな階調が生まれている。また、こうしたインクの階調を忠実に写し取るために、日本から輸入された和紙が使用されているところも見逃せない。しばし、陰影の画家と評されるレンブラントだが、銅版画というメディアにおいてもそのこだわりは徹底していた。

1-4「銅版上のスケッチ」では、銅板をスケッチブックのように用いて制作した習作風の作品を展示している。筆運びのような自然な線を表現できるエッチングを用いることで、レンブラントは即興的な線の表現を生み出していった。《カーテンの前に座る裸の男》(1646)は、弟子たちが裸体習作をする傍らで制作されたと目されており、即興的なスケッチをするように銅版に生き生きとした線が刻み込まれていたことがうかがえる。
1-5「風景」はレンブラントの風景を主題とした銅版画を紹介。1640年代前半と、40年代末から50年代初頭のふたつの時期に、レンブラントは風景主題のエッチングを制作した。エッチングならではの自由な描線が、例えば山の稜線や草木の柔らかさなどの表現に寄与していることがわかるはずだ。
第2章「受け継がれる遺産─17-18世紀」
第2章「受け継がれる遺産─17-18世紀」では、レンブラントの銅版画がその後の時代においてどのように受容され、再評価されていったのかをたどる。
17世紀の時点では、レンブラントの弟子たちにおいても銅版画に積極的に取り組む者は少なく、その再評価は限定的だった。しかし、18世紀に入り、とくにドイツの芸術家たちを中心にレンブラントを模倣したり、未完成作品を「完成」させる動きが見られた。会場ではレンブラントの実作と影響を受けた作品が並べられて数多く展示されており、関係性がわかりやすく提示される。例えば18世紀におけるレンブラントの模倣者として代表的な存在であるゲオルグ・フリードリヒ・シュミット(1758)は、レンブラントの《窓辺でエッチングを制作する自画像》(1648)を着想源に自画像《窓の蜘蛛を伴う自画像》(1758)を描いた。大まかな構図をレンブラント作に則りながら、窓の蜘蛛や机の上の小道具といった演出を加えているところが興味深い。

また、18世紀の出版印刷の歴史においても、レンブラントの人気をうかがうことができる。18世紀なかばに編纂されたレンブラントの銅版画の最初のカタログ・レゾネ(解題つき全作品目録)は高い人気を博し、影響を受けた後続の出版を促した。



















