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戦前の日本映画は9割が失われた。国立映画アーカイブ館長・栩木章が語る、映画を未来に残すということ

日本唯一の国立映画専門機関として、映画フィルムや関連資料の収集・保存、修復から上映、展示、研究までを担う国立映画アーカイブ。戦前の日本映画は約9割がすでに失われたとされるなか、なぜ映画を未来へ残す必要があるのか。そして、デジタル時代において「保存する」とは何を意味するのか。2026年4月に国立映画アーカイブ館長に就任した栩木章(とちぎ・あきら)を迎え、その役割と課題、持続可能な映画文化のあり方について聞いた。 ※本稿は美術手帖のYouTube番組「アート・インサイト」第6回を再編集したものです。9月21日24時まで、どなたでも全文お読みいただけます。

聞き手=東留伽(フリーアナウンサー) 聞き手・構成=橋爪勇介(編集部)

国立映画アーカイブの外観 写真提供:国立映画アーカイブ

 東京・京橋にある国立映画アーカイブ。そのルーツは1952年の国立近代美術館開館時に始まった「フィルムライブラリー事業」にまで遡る。ニューヨーク近代美術館(MoMA)に映画部門があったことなどを背景に、映画もまた美術作品として収集し、公開すべきだという考えから事業がスタート。1970年には映画課(フィルムセンター)となり、2018年に東京国立近代美術館から独立し、現在の国立映画アーカイブが誕生した。

約9万本のフィルム。「選ばない」ことも保存の使命

──まず基本的なところからうかがいます。一般的な映画館と国立映画アーカイブは、何が違うのでしょうか。

栩木章(以下、栩木) 京橋の本館には2つの劇場と1つのギャラリーがあり、映画の上映や映画に関する資料の展示を行っています。ただし、当館の活動は、そうした公開事業だけではありません。その背後には、映画や関連資料を収集して保存する、修復する、データベースをつくる、さらに調査研究を行うというバックヤードの仕事があります。このバックヤードと、上映や展示といったフロントヤードは、不可分の関係にあります。収集・保存してきた成果を観客や利用者に届け、そこで評価や価値づけをしてもらう。そこまでを含めて映画アーカイブの仕事だと考えています。

  上映企画でも、ただ作品を流すのではなく、監督や映画会社、ジャンル、技術、特定のコレクションなどを、歴史的な視点から紹介します。監督の回顧展を行ったり、あるアーカイブのコレクションをまとめて見せたり、新たに発見・修復された作品を上映したりする。そこに映画アーカイブならではの特徴があります。

長瀬記念ホール OZU 写真提供:国立映画アーカイブ

 ──実際には、どれくらいの映画が保存されているのでしょうか。

栩木 主に扱っているのは、19世紀末に映画が誕生してから2000年代初頭頃まで主流だった映画フィルムで、現在約9万本を所蔵しています。日本映画だけでなく、外国映画も1万1000本余りあります。

──劇映画だけではないんですね。

栩木 そうです。一般的な劇映画だけでなく、文化映画、記録映画、ニュース映画、アニメーション、初期のテレビ映画などもあります。なかでも、映画やニュース映画などの劇映画ではない実写映像が、全体の過半数を占めています。社会派のドキュメンタリーから、ものづくりのマニュアルのような映画、個人が撮影したホームムービーまで、本当に様々です。

──ホームムービーまで保存するというのは興味深いですね。どのような基準で収集しているのでしょう。

栩木 基本的には、できるだけ「選択をしない」、つまり網羅的に収集することを目標にしています。もちろん現実にはマンパワーや保管場所に限界がありますし、劣化や散逸の危険性によって優先順位をつけなければなりません。

 ただ、日本には映画や映像を法的に納付・保存する制度が実質的に運用されていません。出版物なら国立国会図書館に納付されますが、映画の場合はそうではない。そういう状況で、国の機関である私たちが「これは集めるけれど、これは集めません」と言ってしまうと、その作品の廃棄や散逸を助長しかねません。だから劇映画であれ、記録映画であれ、ホームムービーであれ、できるかぎり貴重な文化財として守っていきたいと考えています。

展示室 常設展の会場風景 写真提供:国立映画アーカイブ

──保存の重要性を象徴する数字として、戦前の日本映画の残存率があります。

栩木 戦前につくられた日本映画の残存率は、平均すると約10パーセントと言われています。つまり、10本に9本はすでに失われている。

 戦争だけではなく、地震などの災害や火災によって失われたものもあります。当時のフィルムは非常に燃えやすい素材でしたし、安全性や保管コストなどの問題から廃棄されたケースもあったと考えられます。

 だから私たちがまず考えるのは、「失われた映画史をどう取り戻すか」です。どこかにフィルムが残っていれば発見し、修復して上映できるようにする。映画自体が残っていなくても、関連する資料を集めることで歴史を補う。そうしたことが収集・保存活動の大きなモチベーションになっています。

──そうした成果のひとつが、重要文化財に指定された『紅葉狩』(1899)ですね。

栩木 そうですね。1899年に日本人カメラマンによって撮影されたことが確認されている作品で、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎が歌舞伎の『紅葉狩』を野外で演じている様子を撮影したものです。2009年に、映画フィルムとして初めて重要文化財に指定されました。

編集部