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「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」(上野の森美術館)開幕レポート。ゴッホはなぜ「夜」を描いたのか【3/3ページ】

アルルで夢見た「希望」や「仲間たち」

 さらに、ゴッホが浮世絵に強く感化されていたことも、本展の重要なテーマのひとつだ。大胆な構図や鮮やかな色彩への関心は、のちのアルル時代へとつながっていく。

 1888年、ゴッホはパリを離れ、南仏アルルへ移住する。都会の人間関係や喧騒に疲弊していた彼は、強い陽光と豊かな色彩に満ちた土地に理想を見出した。そこには、浮世絵から想像した「日本的な理想郷」のイメージも重なっていたという。

 アルルでゴッホは、「黄色い家」に仲間を集め、芸術家共同体を築こうと夢見る。《夜のカフェテラス》(1888)は、まさにその理想に向かっていた時期に描かれた作品だ。斎藤は、この絵が制作された時期について、「仲間が来てくれるかわからない不安や孤独を抱えながらも、希望を持って準備していた時間だったのではないか」と語る。

フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェテラス(フォルム広場)》(1888年9月16日頃) キャンバスに油彩 80.7×65.3cm クレラー=ミュラー美術館 © Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands

 会場の最後を飾るこの作品は、鮮烈な黄色と深い青の対比によって強い印象を残す。ゴッホ自身も手紙のなかで「黄色やオレンジがあれば必ず青がある」と述べ、補色の関係を重視していた。また、斎藤は次のような解釈も提示した。「カフェの黄色い光景を見たゴッホは、自身が追い求めていた黄色と青の対比を現実のなかに発見したのではないか」。

 本作について、ゴッホは妹ウィレミーン宛の手紙で、「これは黒のない夜の絵だ。美しい青と紫と緑しかなく、これを背景に、灯りで照らされた広場は薄い硫黄色と緑がかったレモンイエローで色づけされている」と記している。夜景でありながら黒を使わない表現は、ゴッホの革新的な色彩感覚を象徴するものだと言える。

 また、ゴッホにとって星空は「希望」の象徴でもあった。斎藤によれば、彼は別の手紙で、孤独を感じた夜には外に出て星空を眺めると、それが「仲間たちの群像のように見える」と書いている。本作の星々にも、彼が夢見た「仲間たち」の姿が重ねられているのかもしれない。

 さらに興味深いのは、この作品が屋外で描かれた点だ。当時、戸外制作自体は一般的になっていたものの、夜景を外で描くことはまだ珍しかった。ゴッホはろうそくの灯りを使いながら制作していたとされるが、彼は手紙のなかで、「夜を現場で描くのはとてつもなく楽しい」と語っている。

 オランダ時代からパリ、そしてアルルへと至る変化をたどる本展の展示からは、新たな絵画表現を切り拓こうとしていたゴッホの姿が浮かび上がっている。作品の背後にある希望や連帯への思いを知ることで、多くの人が知る《夜のカフェテラス》もより豊かな表情を見せてくれるだろう。

編集部