現代・日本・陶芸
日本の陶芸が現代美術の文脈で注目を集めている。もっとも、戦後の走泥社による「オブジェ焼き」や1980年代のクレイワークの展開など、陶芸と現代美術の接点を模索する先行事例は存在していた。これらの動向は陶芸家による表現の拡張として理解されてきたが、近年は状況が異なる。この15年ほどのあいだに、陶芸家ではない美術家が陶を素材として積極的に用いるようになり、また「生活陶芸」と呼ばれる領域で活動してきた陶芸家も現代美術に進出し、新たな潮流を生み出している。
とりわけ象徴的なのは、陶芸家の安永正臣が現代美術のメガギャラリーであるリッソン・ギャラリー(Lisson Gallery)の所属作家となったことである。リッソン・ギャラリーは1967年にロンドンで設立され、現在はニューヨーク、ロサンゼルス、上海にも拠点を置く。所属作家にはマリーナ・アブラモヴィッチやアニッシュ・カプーア、日本人では宮島達男やイケムラレイコらがおり、世界有数のギャラリーのひとつとして知られている。安永は2018年頃まで、ギャラリーやまほん、うつわノートといった「生活陶芸」を取り扱うギャラリーで作品を発表してきた作家であった(*1)。その後、2019年にロサンゼルスのノナカ・ヒルで個展を開催して以降、アメリカでの評価を高めていく。2021年にはリッソン・ギャラリーのイースト・ハンプトンのスペースで個展を開催し、2022年にチェルシーのメインスペースへと舞台を移した[図1]。
生活陶芸とは一般に定着した用語ではないが、2000年代以降のライフスタイル志向の高まりとともに台頭した生活工芸のうち、日常生活に根ざした陶芸を指す。それは、従来の陶芸界や現代美術から一定の距離を置いて成熟してきたカテゴリーであり、生活陶芸から出発した作家がメガギャラリーへ進出するのは異例である。日本の現代美術家で同規模のギャラリーで個展を開催してきたのは、先に挙げた宮島やイケムラのほか、草間彌生、杉本博司、奈良美智、村上隆、加藤泉、名和晃平ら、数えるほどしかいない。このような状況を踏まえると、安永のプレゼンテーションは新鮮な驚きをもって受け止められたといえる。同時に、それは日本の陶芸がグローバルな現代美術市場に組み込まれつつあることを物語っており、同世代の陶芸家にとっても少なからぬ刺激となったであろう。
こうした日本の陶芸への国際的関心の高まりは、2000年代後半から2010年代前半にかけて、国内の現代美術ギャラリーが陶をテーマとする展覧会を企画したことに端を発している。そのなかでも小山登美夫ギャラリーの果たした役割は大きい。2009年には支店であるTKGエディションズ京都において桑田卓郎が同ギャラリーでの初個展を開催した。当時の展覧会において桑田は、今日見られるような梅花皮(かいらぎ)を強調した大型のオブジェ的な壺に加え、カップやボウルなど実用性を備えた器も含む構成であり、「作品」と「器」が混在する陶芸の状況を示したものであった(*2)。さらに2010年には、奈良美智が滋賀県立陶芸の森で制作した陶作品による個展「セラミック・ワークス」を、小山登美夫ギャラリー(当時は清澄白河)で開催した(*3)。著名な現代美術家が本格的な陶芸作品を発表したこの出来事は、美術界および陶芸界にインパクトを与えた。陶芸の森での制作には、当時生活陶芸系のギャラリーで作品を発表していた大谷工作室ほか信楽を拠点とする作家たちがアシスタントとして関わっており、奈良の自由な造形言語は若い世代の陶芸家に新たな視点をもたらしたと考えられる。
村上隆もまた、大規模な生活陶芸のコレクションを通じてこの分野に大きな影響を与えている。自身が主宰するカイカイキキギャラリーでは、大谷工作室や上田勇児(現在は同ギャラリーを離脱)らの展覧会を開催し、生活陶芸の作家たちを現代美術へと接続する役割を果たしてきた。現代美術ギャラリーによるこうした取り組みは、海外のアートフェアなどで日本の陶芸が紹介される機会を増やし、国際的な関心を押し上げた。
さらに、生活陶芸の「流行」に先行するかたちで、柳宗悦の提唱した民藝運動が国際的に再評価されてきたことも見過ごせない。元ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の学術プログラム部門部長である菊池裕子による『Japanese Modernisation and Mingei Theory: Cultural Nationalism and Oriental Orientalism』(RoutledgeCurzon、2004)は、近代日本の国家形成と民藝理論との交錯をポストコロニアルな視点から解釈した研究書であり、民藝をめぐる国際的議論の基盤づくりに寄与した。
また、陶芸家であるシアスター・ゲイツが提唱する概念「アフロ民藝」は、民藝思想とアメリカの公民権運動における「ブラック・イズ・ビューティフル」を結びつけたものである。宗教学者であった柳の霊性にもつながりを求め、ゲイツの個人史的な信仰体験を織り交ぜたスピリチュアルで多層的な作品を生み出している(*4)。両者の活動はともに、民藝という概念がローカルな文化運動を越え、グローバルな批評性を備えたものであることを証明している。
こうしてスポットライトを浴びる日本の陶芸であるが、意外なことに、現代美術の批評(そして工芸の批評)において正面から論じられる機会は少ない。本稿では、そうした構造的な問題や批評の可能性を検討することを目的とする。
陶芸のプロパティ
陶芸は、私たちにとってもっとも身近な造形表現のひとつである。食器や花器など、日常的に用いられる器物の多くは陶を素材としているが、その性質についてあらためて考えてみたい。
粘土を焼成すると、その内部に含まれる化学成分が再結合し、可塑的な状態から硬質の陶へと変化する。釉薬は粉末状の原料を水に溶いた液状の混合物であり、素地の表面に塗布したのち焼成によって溶融し、ガラス質の層となる。施釉の主な目的は器物の耐久性を高めることであるが、同時に絵具のような役割も担い、彩色や質感の多様な表現を可能にする。粘土や釉薬の種類、その有無、焼成温度などの条件が複雑に相互作用することで、作品はしばしば作者の意図を超えた結果を生む(白磁や色絵磁器のように偶然性をできるかぎり抑えようとする場合もある)。このような窯の中での予測不能な変化を「窯変」と呼ぶ。
絵画や彫刻が比較的忠実に作者のイメージや意図を視覚化する表現であるのに対し、陶芸はその結果が不安定であり、「作者の意図どおり」という範疇のなかに、窯変のような偶発的要素をあらかじめ内包しているといえる。そして、この意図を逸脱する偶然性や即興性こそが、多くの陶芸作品のアイデンティティとなっている。
「エラー」の美
「逸脱性」を造形言語へ取り込む試みは、ポストモダン以降、複数の分野で追求されてきた。アクション・ペインティングのドリッピング、フルクサスのチャンス・オペレーション、デジタル・アートのグリッチなどが、その代表例として挙げられる。さらに美術以外の芸術領域に視野を広げれば、ジャズもその一類型として捉えることができるだろう。
ジャズは、あらかじめ定められたコード進行を参照しつつ、ライブでのインプロヴィゼーション(即興演奏)によって、その都度新たなフレーズやリズムを生成する音楽である。とりわけ1960年代に隆盛したフリージャズにおいては、調性やビートといった枠組みそのものが解体され、演奏の偶発性や破綻、ノイズ的な要素までもが貪欲に取り込まれていった歴史を持つ。音楽家・菊地成孔は、ジャズを「エラー」という観点から次のように論じている。
「音楽が素晴らしいのはミス音があるからだ」といった、ヒューマンエラー賛美でAIを批判したと分〔ママ〕そりかえっている人が(まだ)多く、その結論は自動的にジャズ崇拝につながります。確かにジャズの演奏は毎回違うし、エラーの回収と再美化に、実は40%以上ほど割かれており(J-WAVEの僕とUAの対談を検索して参考にしてください)、つまりクラシックと違い「間違った音」が、原理的に存在しません(審美的にしか存在しません。クラシックではミス音はミス音です)。(*5)
この菊地の発言は、AIがエラーをしないと語られる文脈のなかで成された点において示唆的である。AIの普及によって社会が極度に均一化するという予測(現状のAIレベルではまだ実現していないが)を背景に、その逆説として「AIにはできないエラーに価値がある」、ひいては「エラーがあるジャズに価値がある」というロジックの安易な援用を菊地は批判している。
このエラーはまさに、陶芸における造形的逸脱と共鳴する。陶芸の多くは、窯変によって生じた偶発的なテクスチャーを含めた焼成結果を重視するため、ジャズと同じく「間違い」が原理的に存在しないといえる。菊地が述べるように、もしジャズがAIの時代において、そのエラー性ゆえに崇拝される風潮があるのだとすれば、その関係性が類似した陶芸もまた、演算化する世界への物質的抵抗として現代美術のなかで評価されていることは想像に難くない。
*1──「Masaomi Yasunaga CV」(Lisson Gallery Website、最終閲覧2026年1月12日)。 https://lisson-art.s3.amazonaws.com/uploads/attachment/file/body/58257/Masaomi_Yasunaga_CV.pdf
*2──吉澤生馬「桑田卓郎展 | 小山登美夫ギャラリー京都」(BLOG × PROCESS5、公開日2009年9月17日、最終閲覧2026年1月12日)。http://blog.process5.com/?eid=897807
*3──奈良美智『Ceramic Works』FOIL、2010年。
*4──徳山拓一「陶芸家シアスター・ゲイツの歩み」『シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝』torch press、2024年、180-189頁。
*5──菊地成孔(「新音楽制作工房」代表)のX(旧Twitter)のポストより(公開日2025年12月29日、最終閲覧2026年1月12日)。https://x.com/SHIN_ON_GAK/status/2005353640723435717




























