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「椋尾篁:アニメ背景美術の先駆者」(佐世保市博物館島瀬美術センター)会場レポート。背景美術の巨匠の仕事を「美術」の歴史に刻み込む【2/3ページ】

三川内焼の絵付師の系譜

 本展はまず、椋尾が三川内焼の産地で生まれ、絵付師の家系で育ったことを重視する。日本における磁器づくりは、17世紀初頭に三川内の隣の有田で始まった。やがて三川内でも磁器がつくられるようになり、17世紀半ばには平戸藩の御用窯に。三川内焼は日用品よりも技術の粋を極めた細工ものや茶道具などをつくり続けたことが特徴で、江戸後期からは輸出を開始。明治維新後は西洋の博覧会などで高い評価を受けるようになった。薄づくりの素焼きの地に藍色の呉須によって細やかな絵を描いてから本焼きする「染付」で知られ、濃淡で立体感や遠近感を表現するなど、絵画的な手法が大切にされている。

手前は椋尾の父の絵付師で「椋尾舟鳳」の雅号を持つ日本画家でもあった菊五郎が描いた水鳥、奥は菊五郎が染付した三川内焼の鉢。また、白い什器の上が中里陽山の染付による三川内焼
長崎県美術館のコレクション展「中里陽山の染付」展示風景より、左から中里陽山《染付双鶴文大皿》(1980)、《染付雲鶴文中皿》(1935)

 会場では、椋尾の父であり「椋尾舟鳳」の雅号をもつ日本画家でもあった菊五郎による染付の鉢のほか、椋尾の義叔父である中里陽山(本名:末太郎、1897〜1991)の染付による皿などが展示されている。このように椋尾の家系の生業について取り上げることで、地元の伝統工芸の系譜のなかにその仕事を位置づけると同時に、磁器の絵付師とアニメの背景美術スタッフが、双方ともにプロダクト制作の過程で「特殊な絵を描く」プロフェッショナルであることも意識させる。染付が「美術」として評価されるようになったことと同様に、アニメの背景美術も「美術」として評価することが可能なのではないか。そんな挑戦的な問い立てが見出だせる構成となっている。なお、陽山の作品は長崎市の長崎県美術館に多く収蔵されており、同館で開催中のコレクション展「中里陽山の染付」(~7月26日)で、まとまったかたちで見ることができる。

想像上の世界も現実の世界も、アニメの要素として際立たせる

 椋尾が緻密に描く美術ボード(背景イメージを背景美術を描くスタッフ間で共有するための1枚絵)は、当時のアニメ作品の、現実には存在しない世界に説得力を与えていった。例えば会場に並ぶ『銀河鉄道999』や『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』(1981)の美術ボードは、松本零士による原作マンガを参考にしながらも、いくつもの惑星が浮かぶ空や、奇岩が並ぶ地形、流線型の建造物が無数に並ぶ都市などを、画面外にまで世界が広がっていくような立体感で描き出している。これらのボードから生まれた背景画が作品に深みを与えたことは間違いないだろう。

『銀河鉄道999』(1979)の美術ボード。右の惑星タイタンの美術ボードに描かれた岩は、佐世保の九十九島の奇岩を思わせる造形
『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』(1981)の美術ボード、中央下のみ美術設定(複製)。中央上のアンドロメダ中央駅の美術ボードは展覧会のメインビジュアルに使用された

 日常のなかの実在する風景を描くことも、背景美術の重要な要素だ。高畑勲は、生活のなかで生まれる細やかな心の機微を、リアリティある空間のなかで演出したことで知られるが、椋尾は高畑が総合演出を手がけた『アルプスの少女ハイジ』(1974)や監督を務めた『母を訪ねて三千里』といったテレビアニメでも仕事をしている。

『母を訪ねて三千里』(1976)の背景画。椋尾が描いた主人公・マルコが旅立つイタリア・ジェノバの港や路地はどこか佐世保の風景を思わせる
『母を訪ねて三千里』(1976)の背景画とレイアウト。会期中に当時を知る関係者の証言により、レイアウトが宮﨑駿の手によるものと判明した

 会場では、『母を訪ねて三千里』で使われた、石畳の街並みや雨の降りしきる港などの背景画をレイアウトとともに紹介。前景での登場人物のアニメーションを演出するために背景に歪みや強調を加えており、正しいパースとはまた異なる、アニメーションのための風景が現出している。また、両方向に影が伸びるといった現実とは異なる陰影表現は、登場人物に影を落としてその心境を表現する、といったプロットに寄与する演出のために使われたりもしていた。なお、比較のために併置されているレイアウトは宮﨑駿が手がけたものであることもわかっており、宮﨑の演出意図がどのように背景に反映されたのかを知ることができる。

『がんばれ元気』(1980〜81)の背景画(左2枚と右上)と美術ボード(右下)。限りなく黒に近いアニメの背景画ならではの強い陰影のコントラストが特徴

 椋尾が専門的に油彩を学んでいたことを強く感じさせる背景も多い。椋尾と多くの仕事をしたりんたろうがチーフディレクターを務めた『がんばれ元気』(1980-81)や監督を務めた『火の鳥・鳳凰編』などの美術ボードは、日本を舞台にしながらもどこか西洋風の乾いた情感があり、スタジオジブリ作品で男鹿一雄や山本二三が描いた湿り気のある日本の風景とはまた異なる、独特の魅力をもっている点も見どころだ。

編集部

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