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劇場アニメ『ルックバック』監督・押山清高インタビュー:アニメーションを描くことを、いかに未来に伝えていけるのか

絵を描くことに純粋に向かい合う二人の少女を描いた、藤本タツキのマンガを原作とした押山清高監督の劇場アニメ『ルックバック』は、手描きによるアニメーションの質感を可能なかぎり表現したことで話題を呼んだ。東京・虎ノ門の麻布台ヒルズ ギャラリーで開催されている展覧会「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」(〜3月29日)は、本作の原画やレイアウトといった資料が展示されており、監修を押山が自ら手がけた。絵を描くことへのこだわりや、今後表現していきたいことについて、押山に話を聞いた。(※本記事は3月1日8時以降、プレミアム会員限定となります)

聞き手・構成=安原真広(編集部) ポートレイト撮影=畠中彩

押山清高、会場の原画展示とともに

テレビアニメの現場から学んだこと

──押山監督は磯光雄監督のテレビアニメ『電脳コイル』(2007)の原画で頭角を現し、初監督作であるテレビアニメ『フリップフラッパーズ』(2016)では、強いこだわりが感じられるアニメーションと独創的な世界観で強い印象を残しました。このようにテレビアニメの制作からキャリアを積み上げていった押山監督ですが、2020年には制作スタジオの「スタジオドリアン」を自ら設立し、今回の劇場アニメ『ルックバック』(2025)では脚本、絵コンテ、演出、作画監督、さらには原画までを担当するというスタイルに挑戦しました。分業制のテレビアニメから、より個人的なアニメーション制作へと向かっていった背景にはどのような意識があったのでしょうか?

押山 テレビアニメを中心に制作しているアニメスタジオで、チームでアニメをつくりながら経験を積んできました。いっぽうで、近年はアニメの分業化がますます加速し、自分の仕事の範囲が狭くなっていくという感覚ももっていました。アニメ業界でキャリアを重ねると、多くの場合、より責任のある作画監督や演出、監督といった作品を統括する立場にステップアップしていきます。しかし、それは自分の手を動かす作業が減り、人に任せる仕事が増えていくことでもあります。

 私は自分の描きたい絵のビジョンが明確にあるほうなので、アニメーターとしては演出や監督と駆け引きしながら、それをどこまで表現できるのかを模索しましたし、いっぽうでキャリアアップしてディレクションする立場になったら、今度はたくさんのアニメーターが上げてくる原画をチェックして、自分がその作品で提示したいビジョンに近づけるために人の絵を直すという仕事も多くこなしてきました。ただ結局、どちらのやり方にも苦しさを感じてしまうという感覚がありました。

 こうした葛藤のなかで、自分は絵を描くことに人一倍こだわりがあるのかもしれないということが徐々にわかってきたんです。子供の頃から絵ばかり描いてきて、大人になっても手描きのアニメーションをずっと描いてきている。そのこだわりにどう向き合うべきかを考えるようになりました。

──初監督作品『フリップフラッパーズ』は、斬新な世界観やこだわり抜いたアニメーション表現が非常に印象的な作品でした。同時にオリジナルのテレビシリーズでこうした先鋭的な表現をすることの難しさを感じたのではないですか。

押山 『フリップフラッパーズ』は、当時新米だった監督の野心的な挑戦にも関わらず、厳しい制作環境のなかで懸命に頑張ってくれる優秀なスタッフに支えられながらつくったという実感があります。ディレクションの経験を積み重ね、お互いを理解し合える優秀なチームを編成することができたという実感がりました。しかし、それでもオリジナルのテレビシリーズ全13話を監督として手がけることは本当に大変で、思い通りに作品をつくることの難しさを痛感しました。

 スタッフのみんなが本当に頑張ってつくった作品でしたが、当時はいまのように配信サービスが隆盛する前でしたし、いっぽうでパッケージの売上にも頼れなかったので、苦労した割には結果が伴わなかった作品だったかもしれません。このとき、色々な意味でスタジオで雇用されながらアニメをつくることの限界を感じて、この形態で仕事をし続けていても自分には明るい未来がなかなか描けないと考えるようになりました。

 このときの経験から、小規模ながらも自分の思うかたちで作品をつくることができる環境を用意しなければいけないと決断し、2017年に「スタジオドリアン」を立ち上げました。スタジオ名の「ドリアン」は「ドリアンのように強烈に匂いたつ個性と、食べてみたら誰もがクセになる大衆性を兼ね備えたい」という思いを込めた名前です。

自身のクリエイティブをどのように出すのか

──2019年、スタジオドリアン初のオリジナル作品である短編アニメーション『SHISHIGARI』を発表しました。同作は押山監督の個性が全面的に表現された作品で、押山監督は今後このようなインディペンデント色の強い作品をつくっていくのだろうな、という印象も受けました。しかし今回の劇場アニメ『ルックバック』は、すでに『チェンソーマン』で評価を確立した藤本タツキ氏のマンガが原作です。集英社の「少年ジャンプ+」という強い影響力のあるレーベルから出た巨大なIPである『ルックバック』を、課題だったご自身のクリエイティビティとどのように擦り合わせながら映像化していったのでしょうか。

押山 エイベックス・ピクチャーズさんから映像化コンペティションへの参加のお誘いがあり、『ルックバック』のアニメ化の企画に挑戦してみようと思いました。ただ、スタジオドリアンで制作する条件として、短編アニメーション『SHISHIGARI』のような、監督のみならず、脚本、キャラクターデザイン、作画監督、原画までの多くの仕事を僕がひとりで担う、手づくりの質感がある個人制作作品のようなものにしたい、ということを条件として提案しました。

 こうした手法でつくることが商業的な成功につながるかというと、非常に判断の難しい部分があったと思います。原作の『ルックバック』は素晴らしい作品ですが、原画の線のザラザラとした質感がそのまま出た自主制作のアニメーション作品のような映像が、実際に劇場公開したときにどのように受け入れられるかは未知数でした。

──結果的に劇場アニメ『ルックバック』は、国内興行収入20億円を超える大きな成功を収めることができました。商業作品としては極めて特殊な方法で制作したアニメーション作品が受け入れられたことを、押山さんはどのように捉えていますか。

押山 原作をそのままアニメーションに落とし込むのであれば、それは自分たちがやらなくてももいいですし、観客のみなさんからも映像化の価値がわかりにくくなるんじゃないかと考えました。だから、手描きのアニメーションの存在を強く感じさせる映像を際立たせたいと思ったんです。その試みが原作の『ルックバック』にも現れていた「描く」というテーマと呼応した結果、多くの人の心を打てたのではないでしょうか。スタジオドリアンとしても、これだけ中編尺の作品を成功させられたことは、大きなステップアップになったと思います。

「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」展示風景より、企画書用に描かれたカラーイラストなど © 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会/©「劇場アニメ ルックバック展」実行委員会

アニメーターの手仕事の未来のために

──そして、劇場作品を展覧会形式で再構成する今回の「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」は、制作の過程がわかる中間制作物を全面的に取り上げた展覧会となりました。とくに展示されている原画やレイアウトすべてに、関わったスタッフがクレジットされており、それぞれの仕事が明確になっている展示方法は新鮮でした。

押山 もっとも重視したのは、原画をそれなりのボリュームで展示するということでした。何より、スタッフ一人ひとりの仕事をきちんと見せたかった。アニメーターはもちろん、背景美術を描く美術スタッフ、色を塗る仕上スタッフ、音をつくる音響スタッフなど、素晴らしい職能を持ったスタッフたちに光が当たらないという状況があります。世界的にこれだけ日本のアニメが評価され、商業的な成功を収めていて、そこでみんなが誇れる仕事をしているにも関わらず、社会的な評価が追い付いていない。そういう職人たちの存在を、世の中に知ってもらいたいという気持ちもあり、様々な中間制作物やそのプロセスを可視化する構成にしました。

 とはいえ、劇場アニメ『ルックバック』という映画を、それなりに多くの人に届けられたという結果があったからこそ、ここまで攻めた展示ができたとも思います。そうでなければ、麻布台ヒルズという都会の中央で、こんな真っ白な原画ばかりの展示は実施できなかったでしょう。本来だったら、もっと体験性があったり、SNS映えするものを展示したほうが、アニメの展覧会としてはいいのかもしれないですが、作品を展示するという主題を優先しました。他人からの評価を待っているだけではあっという間に消費され風化してしまう時代ですから、いまやらなければいけないという強い思いがありました。

自身が手がけた原動画を見る押山清高、展覧会会場にて

──今回のタイトルになっている「線の感情」も、こういった原画の線から浮かび上がる、職人たちの技術や感情表現を感じてほしいという思いからつけたものでしょうか。

押山 アニメーターの描く線を可能なかぎり活かした作品なので、自ずとそのアニメーターの思い入れが線に乗ります。作画監督として、統一性をもたせるために上がってきた原画には修正指示を入れていますが、担当した原画マンそれぞれの癖は残っていますし、キャラクターの顔つきも変わります。つくり手がいろいろなことを考えながら作品に向き合ってきたことを伝えたい。それを象徴する言葉として「線の感情」というのが一番わかりやすいだろうと思い、タイトルに据えました。

「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」の会場エントランス © 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会/©「劇場アニメ ルックバック展」実行委員会

──本展の最後に、押山さんがスタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんと対談したテキストが掲示されています。ここで押山さんはAIの進歩によって手描きのアニメーションがAIに取って代わられることへの危機感を語っています。こうした問題意識も、アニメーターの手描きの技術にフォーカスするという今回の試みにつながったのでしょうか。

押山 いま、高いスキルを身につけているアニメーターは、AIの時代になってもある程度の強さを発揮できるとは思っています。ただ、今回の作品のように、手描きでアニメーションつくるというモチベーションは徐々に失われていくと思うんですよ。現代の人がキーボードやフリックで入力に慣れたことで、文字を手で書くことがどんどん苦手になっていっていることと同じ。分業化と効率を重視する仕事だから、アニメーターが絵を描くことにおいても当然起こると思っています。

──AIとの距離感を保ちつつ、良いあり方を探っていけるといいですよね。こうした問題意識をもって制作した劇場作品、そして展覧会はひとつの成功を収めたと思います。最後に押山さんは今後、どのような作品をつくっていきたいですか。

押山 日本のアニメは、お金を出したところがすべての権利を持ち、つくり手にはほとんど還元されないという、つくり手が弱い仕組みがあります。この構造が固定化してしまっている現代のアニメ業界で、属人的で尖った仕事をすることは、よほどの運と能力がないとなかなか難しい。アニメが大きなビジネスとして注目されるようになった昨今、そう感じることがより多くなりました。

 幸いなことに、今回は大変な苦労もありましたが、自分のわがままをかなり実現できたと思います。ただ、会場の最後にもマンガを展示していますが、いま自分はアニメの前にマンガを描く練習をしたいと思っているんです。アニメの仕事を続けていても、企画をつくるトレーニングにはなかなかなりません。オリジナルの企画でアニメをつくろうとしても、企画から完成まで5年くらいはかかってしまって、数をあまり打てないわけです。また、原作のないオリジナルの企画だと興行的にも非常にハイリスクです。でも本望としてはオリジナルでおもしろいものをつくりたい。

 幸いなことに、今回は大変な苦労もありましたが、自分のやりたいことをかなり実現できたと思います。ただ、会場の最後にもマンガを展示していますが、いま自分はアニメの前にマンガを描く練習をしたいと思っているんです。アニメの仕事を続けていても、企画をつくるトレーニングにはなかなかなりません。オリジナルの企画でアニメをつくろうとしても、企画から完成まで5年くらいはかかってしまって、数をあまり打てないわけです。また、原作のないオリジナルの企画だと興行的にも非常にハイリスクです。でも本望としてはオリジナルでおもしろいものつくりたい。

 今回の『ルックバック』の成功を受けて、オリジナルの企画を立ち上げても意外とお金が集まる状況かもしれないですが、配信でも劇場作品でも、オリジナルの作品が苦戦する状況があるんですよね。あるいはテレビシリーズをつくってほしいという要望もあるのですが、『フリップフラッパーズ』の経験からも、シリーズをつくるのは現状とても大変で、地獄になるのが目に見えている。

 でも、マンガであればゼロから作品を生み出せるし、短期間で完成させられるので、物語づくりのトレーニングにもなる。魅力的なキャラクターを生み出す練習もでき、完成したマンガを世に問うてみて、フィードバックをすぐ得られます。アニメーション制作を取り巻く環境が大きく変わっていくかもしれない激動の時代に、いかにして柔軟性を持てるかという、自分なりの実験なんです。

編集部