第2章「結婚と社会復帰」、第3章「再入所・ハンセン病国賠訴訟を経て」
第2章「結婚と社会復帰」では、1964年に同じ入所者の加藤健(1927〜2022)と結婚し、社会復帰を果たした時代に焦点を当てる。ここで重要なのは、当時の「社会復帰」が決して手放しで喜べるものではなかったという点だ。治療薬プロミンの普及により若者の社会復帰が急増した時期ではあったが、世間の偏見は根強く残っていた。加藤夫妻が1974年から15年間にわたり療養所の外で暮らす決断をした背景には、計り知れない覚悟と葛藤があったはずだ。会場では社会復帰直前に描かれた作品が紹介されている。


第3章「再入所・ハンセン病国賠訴訟を経て」では、加藤の5点の絵画作品が紹介されている。社会復帰後、ハンセン病に対する偏見や差別が原因で病歴を隠して働いていた夫妻だったが、夫・健の体調悪化を機に、治療に専念するため「生活と医療の場」である療養所への再入所を余儀なくされる。
再入所の2年後に描かれた《道》(1990)は、駿河療養所へと続く林道を描いた作品だ。奥へと伸びる道はどこか閉塞感を感じさせ、先行きが見えない不安や隔離の苦悩を象徴しているかのようである。


いっぽう、2001年のハンセン病違憲国家賠償請求訴訟での勝訴後に描かれた《風景》(2007)は、同じく療養所からの眺望でありながら、構図は外の世界へと開かれたものになっている。原告のひとりとなった加藤は、国の控訴断念の報を聞いた際、「私にも人権があったのだ」と語ったという。国の誤った政策と社会の偏見が、いかに個人の尊厳を深く傷つけてきたかを物語るひとことだ。
加藤は2009年、生涯で唯一となる絵画展を開催した。その案内状には「絵はふるさと」という言葉が記された。帰るべき場所を奪われた加藤にとって、表現することそのものが帰郷先であったのかもしれない。



















