見えざるものの気配をたどる──開館記念展「(In)visible Presence」
Dib Bangkokの開館記念展として開催されている「(In)visible Presence」(〜2026年8月3日)は、美術館の広大な敷地と複数の展示空間を横断しながら、同館のコレクションを中核に構成された展覧会である。建築と呼応するかたちで設計された本展は、「過去が未来を導く」という思想のもと、3層にわたる物語的な展示動線を描き出す。中心に据えられているのは、「私たちは、目には見えないが大切なものを、どのように記憶しているのか」という問いだ。
初代館長を務める手塚美和子は、本展の出発点について次のように語る。「開館記念展では、私たちがいま立っているこの場所の『土台』を築いてきた人々に敬意を表したいと考えました。ペッチ氏をはじめ、ここにはいない多くのアーティストやアート関係者たち──私たちはいまも、彼らの存在を身近に感じています。その思いから、『(In)visible Presence(見えざる存在)』というタイトルを選びました」。
目には見えずとも、確かに周囲に満ちている気配や記憶。その存在を感じ取ることが、本展の第一の動機となっている。第二の軸として据えられているのが、グローバルな現代美術の紹介である。現代美術のエコシステムが、なお発展途上にあるバンコクにおいて、国際的なコレクションを有する美術館として、「現代美術とは何か」「それが持ちうる可能性とは何か」を提示することは、重要な役割だと手塚は位置づける。


展示は、美術館の建築構成に沿って、階を上がるごとに体験の質を変化させていく。地上階では、イ・ブルやスボード・グプタによる大規模なインスタレーションなど、身体感覚に強く訴えかける作品群が来館者を迎える。天井がもっとも低い第2層では、アレックス・カッツの絵画作品や、アピチャッポン・ウィーラセタクンの映像、レベッカ・ホルンの彫刻などが並び、より親密で、記憶や内面性を喚起する空間が立ち上がる。

そして最上階では、光に満ちた空間のなかで、アンゼルム・キーファーの大規模彫刻をはじめ、「タイ現代美術の父」と称されるモンティエン・ブンマーのインスタレーション群など、時間や存在を拡張的にとらえる作品が展開されている。


展示は館内にとどまらず、屋外空間へと拡張されている。中庭には、アリシア・クヴァーデによる《Pars pro Toto》(2020)が設置され、直径70〜250センチに及ぶ11個の石の球体が、惑星系と物質性をめぐる詩的な思索を空間にもたらす。また、ジェームズ・タレルによるタイ初の常設インスタレーション《Straight Up》(1998)は、「見る」という行為そのものへの意識を開き、鑑賞者を「光の礼拝堂」のような空間へと誘う。

手塚は、こうした展示体験の根底にある考え方について、次のように補足する。「現代美術は、視覚やイメージだけで完結するものではありません。香りや触覚、音といった、多感覚的な体験を伴うものです。同時に、すでに知識のある鑑賞者だけでなく、初めて現代美術に触れる方々にも開かれた場でありたいと考えています」。
「そのため、鑑賞者が作品と関わり、参加できる瞬間や、ただリラックスできる空間を館内に意図的に設けました。美術館にいることを一時忘れ、リビングルームやラウンジにいるような感覚で、心を開いてもらえたらと思っています。日常の延長線上にある、自然で心地よい体験──それこそが、Dib Bangkokが大切にしたい姿勢です」。



















