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津野青嵐インタビュー:きれいな「ケア」の物語を超えた「装い」への問い

金沢21世紀美術館で津野青嵐の個展「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」が4月12日まで開催されている。身体とファッションの関係を、自身の身体との対話や祖母の介護、精神障害当事者と向き合う経験から問い続けてきた津野に、自身の表現についての逡巡や制作を通じて気がついたことについて、ファッション研究者の安齋詩歩子が話を聞いた。

聞き手=安齋詩歩子 構成=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」(金沢21世紀美術館)展示風景より、右が《Walking With》(2025)、左がパフォーマンスの写真 撮影=大町晃平(W) 写真提供=金沢21世紀美術館

「共にある」ことの困難さと向き合う

──今回の個展の「共にあれない体」というタイトルは、「共にあること」の難しさや緊張感が表れているように感じました。津野さんは祖母の介護、そして精神障害当事者等の地域活動拠点「浦河べてるの家」で勤務した経験などを通じて「装い」と「ケア」との関係と向き合ってきたアーティストですが、その経験との関連も含めて教えてもらえますか。

津野 「ケア」という言葉を聞くと、私はまず「うしろめたさ」のような感覚が浮かびます。確かに私は看護の仕事でも自宅での祖母の介護でも、「ケア」が必要とされる場に身を置いてきました。「ケア」は、看護や介護のような技術だけでなく、そのまま放っておけない人や状況を前にしたときに自分がどう応じるか? という態度や行為にも関わってくる広い概念です。だからこそ、応じられないことや、応じ方を間違ってしまうこともたくさんあります。調子が悪いまま時間が過ぎていくこと、良かれと思った関わりが逆に傷つけてしまうこと、あるいはケアする/されるの関係がねじれて、危うい関係になってしまうこともある。

 その観点では、自分の体に対しても強い「うしろめたさ」を感じてきました。応じないといけないことはわかっているのに、それがうまくできなかったからです。思うようにならない自分の体を恥じて見て見ぬふりをしたり、否定したり、隠したり、ケアとはほど遠い態度で関わってきました。そうしているうちに、だんだん体が他人や異物のように、あるいは自分から遠く離れたものとして感じられるようになった。「共にあれない体」というタイトルは、そういう経験の延長線上にあります。

 本来、身体はつねに私とともにあるのに、「共にあれなさ」を感じるのはなぜなのか。そういった問いに対して「うまくいかないこと」そのものを大切に扱うことから答えたいと考えています。それは決して、上手な応じ方を見つけて状況がよくなっていくような、綺麗なケアの物語にはならないと思っています。

「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」会場にて、津野青嵐 撮影=編集部

──他者や自己を「ケア」しようとする際、「共にありたい」という感情があるいっぽうで、「共にあれない」ことも立ち上がってくる。その関係性と向き合ってきた、という理解でよいでしょうか。

津野 大学院で「ファット」な身体について研究するなかで、「自分の身体を取り戻す」という言い回しに出会いました。例えば社会のなかにある美の規範のもとで評価され続けることや、医療や制度の枠組みのなかで管理や保護の対象として扱われることは、自分の身体について決める力が、自分の手元から離れていくことでもあると思います。「取り戻す」という言葉は、そうやって外側から与えられた意味や扱われ方に流されず、身体を自分の側へ引き戻そうとする態度を支える、強い言葉です。あるいは、見られることや測られることのために整えた身体ではなく、日々の生活や感覚の中心としての身体に戻していくような意味でも捉えられます。だからこそ、とても大事な言葉だと思いますし、私自身も助けられてきました。

 でも正直、私は「よし、取り戻そう!」と前向きに自分の体を感じようと思えるタイプではなくて、むしろ長いあいだ、体のことは考えないで済むなら済ませたかった。いまでも、体が自分のものだと思い切るのに抵抗があります。それでも、この体に支えられてきたし、これからも支えられていくことはわかっています。ようやく、このままの態度を続けるのはまずいな、と思えるようになってきたともいえます。

 ただ、私にとってリアルなのは体と「ひとつになる」ことより、体と「関係」を結び、つながり続けることです。だから「取り戻す」より「共にある」というニュアンスが合っています。でも、いきなり「共にある」ことを目指すのではなく、いまは「共にあれなさ」を大切に残しておきたい。ひとつになれなくても、距離が埋まらないままでも、少しずつつながり直す方法はあるはずだと思っています。その距離感がいまの自分にはいちばんしっくりきているので、個展のタイトルを「共にあれない体」にしました。

「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」展示風景 撮影=大町晃平(W) 写真提供=金沢21世紀美術館

──津野さんが作品のモチーフとしてきた衣服は、身体にいちばん近い物質であり非常に身近な「他者」といえると思います。衣服は「共にあれない」ことを引き受けることが可能になる、媒体ともいえるでしょう。ただ、津野さんは「衣服」よりも「装い」という言葉を重視されている印象があります。「衣服」の物質性以上に、「装う」という行為を重視している、そういった考え方はあるのでしょうか。

津野 その通りだと思います。身体そのものを捉えようとしても、その感覚はバラバラと断片的に感じるものだと思っています。衣服はその断片をひとつのイメージとして包み込んでまとめるもの、という感覚があるんです。

 そして私が「衣服」より「装い」という言葉を用いたくなるのは、物としての衣服というより、人が衣服をまとうという行為を通じて、自分の身体をどう捉え、どう付き合ってきたのか、その現れ方に関心があるからです。ただ「装い」は服だけで成り立つものではなくて、その日の体調や気分、関わる相手、場の空気によってつくられる。だから同じ服を着ていても、状況が変われば装いは日々異なります。そしてその変化は、人とのやりとりのなかでも起きる。自分が語り、相手の応答を受けて、また語り直すことで「語り」そのものが更新されていくように、「装い」もまた、他者のまなざしや応答のなかで更新されていくものだと捉えています。

「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」(金沢21世紀美術館)展示風景より。左から《Out of Body, In Dress》(2025)と《Wandering Spirits》(2018)。自身の体型との不和を感じてきた津野の体験が下敷きとなっており、衣服と身体のあいだにある、当然とされている「関係」から自由になることを志向した、3Dペンで作成された作品 撮影=大町晃平(W) 写真提供=金沢21世紀美術館

 精神看護の現場でも、「自分の身体が自分のものである」と感じられなくなくなるような、制御困難なあらゆる現象が続く、しんどい状態に置かれている人に出会います。そこで看護する側としてまず取り組むことは、その人の身体に現れている不安や緊張をほどき、少しでも安心して過ごせるような関わり方やその条件を探していくことでした。それは言葉のやりとりでもあるし、非言語的なやりとりでもあり、環境調整でもあって、私はその感覚を共同でつくっていく「装い」のプロセスとして捉えています。

 私が何度か「袖を通して着る服」を自分のためにつくったことも、「装い」においては重要な経験でした。自分の手で皮膚が心地良いと感じる布を選び、つくりながら着用し、着心地がいいと感じられるまで、自分の身体の要求に丁寧に応じていく時間は、身体との関係を結び直す感覚に近かった。だからこそ、自分の手で装いをつくろうとすることは、体そのものと、体を支えている関係の両方に出会い直すことでもあるんだと思います。

編集部