およそ8割が森林地帯で形成された山梨県は、富士山、八ヶ岳、南アルプスなど雄大な自然に恵まれた盆地地帯だ。その豊かな水源と清らかな水質からも、織物や和紙、そしてフルーツの有数な産業・生産地としても知られている。
また、16世紀には甲斐国と呼ばれ、武田信玄はこの独自の地形を生かした堅牢な守りによって国を統治していた。同地ではこのような環境からも水害に見舞われることが少なくなかったが、信玄による治水対策として知られている「信玄堤」は、現代においても天皇陛下が国連のスピーチの際に「人と自然が調和した技術」として各国に紹介されるほどだ。江戸時代になると、徳川家康によって、五街道のひとつ「甲州街道」が整備され、富士川を水運路として開通。これは様々な産業が花開くきっかけともなったのだという。
このような風土と文化を持つ山梨で、いったいどのような「デザインの宝物」と出会うことができるのだろうか。
木喰上人の故郷に建てられた「木喰の里微笑館」

木喰上人(もくじきしょうにん)とは、1718年に山梨県身延町の丸畑という地域に生まれた仏師で、全国各地を巡り60代から90代に亡くなるまでのおよそ30年間で1000体以上の仏像を制作した人物だ。木喰上人を有名にしたのは、民藝運動の父とも言われる柳宗悦であり、柳はその微笑をたたえた仏(微笑仏)に魅了され、「幕末最大の彫刻家として」評価。研究に没頭し、柳によって数多くの写真集が残されている。
上記についてはもちろんのこと、深澤はその柳の研究を支援し、成果を広めた同地の政治家・小宮山清三によるコネクションの在り方にも注目している。


そんな木喰上人による微笑仏の数々や和歌、資料などを紹介しているのが、「木喰の里微笑館」だ。山の上に位置しており、道も細く蛇行しているため、普通車での来館をおすすめしたい。
木喰の里微笑館
住所:山梨県南巨摩郡身延町北川2855
電話番号:0556-36-0753
漆黒の艶が書家たちを魅了する「甲斐雨端硯」

1690年に創業した「甲斐雨端硯」は、書道で用いる硯の技と匠をこの鰍沢(かじかざわ)で伝える名家であり、現在硯匠を務める雨宮弥太郎は13代目となる。この土地でのみ採ることができる「雨畑真石」という黒い粘板岩を素材に、書家たちも思わず唸るような漆黒かつ美しい造形の硯を今日まで制作し続けている。


雨宮は、硯で墨を擦ることは自らの内面と向きあう時間でもあり、そういった理由からも硯を「精神の器」であると表現する。素材の特徴を理解し、適した道具で掘り出されていくのは、究極に削ぎ落とされたシンプルかつ深みのある造形だ。プロダクトデザイナーである深澤は、その美しさに唸る。
甲斐雨端硯本舗
住所:山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢5411
電話番号:0556-27-0107



















