日本での開催はじつに34年ぶりとなる「WDO 世界デザイン会議 東京2023」が10月27日より3日間にわたって開催された。今年のテーマは(一般公開は27日、28日)。2023年のテーマは「DESIGN BEYOND(デザインの向こう側)」。初日の「デザイン研究と教育に関するフォーラム」のレポートはこちら。
2日目の「国際デザインカンファレンス」は、東京・六本木の六本木アカデミー・ヒルズで開催された。オープニングでは初日に引き続き、WDO会長であるデビッド・クスマと東京2023 実行委員長の田中一雄による挨拶に始まり、「未来のためのデザインはひとつではない」という初日の振り返りとともに、同カンファレンスが「デザインの応用性に関する意見交換の場」であることを改めて示した。
「未来への提言」に対する「なぜ我々は変わることが出来ないのか」。ティム・インゴルド、マリアン・メンサー、アリオーラ金田 アンナ基調講演
2日目は齋藤精一(パノラマティクス主宰)がモデレーターを務め、ティム・インゴルド(イギリスの社会人類学者、英国アバディーン大学社会人類学名誉教授)、マリアン・メンサー(気候イノベーション教育ラボファウンダー、CEO)、アリオーラ金田 アンナ(IDEO Tokyo エグゼクティブ・ディレクター) による基調講演が行われた。
『人類学とは何か』(2008、亜紀書房)や『ラインズ 線の文化史』(2014、左右社)などの書籍で知られるインゴルドは、いまから300年前の18世紀にヨーロッパで興った「啓蒙主義」が社会変革を起こし、権力の集中化による植民地化や脱人間化(奴隷化)、そして人類と自然のあいだにも楔が打ち込まれてしまったという歴史的事実を振り返る。そのうえで「これからの300年は、これまでの世代の継続となるのではなく、人間社会の新たな章を開く必要がある」といった広い視点からその重要性を説いた。
メンサーは、環境の再生にデザインはどのように貢献しているかといった問いに対応する世界中の具体例を紹介するとともに、デザインは「レジリエンス(適応、回復)な未来」に貢献できるものであると語った。
アリオーラ金田は、現在公開中の映画『ザ・クリエイター/創造者』やSF映画『DUNE / デューン 砂の惑星』(2021)を例に、今後の未来に確実に存在するAIやAGI(汎用人工知能、人間と同等の感性や思考回路をもつ「強いAI」)についてや、現状のオープンソースに対する楽観主義の危険性を指摘。それらの信頼性、安全性を築くためのロードマップを作成する必要性を説いた。
これらの講演でのトピックスを重要であると理解したうえで、齋藤は「〈サステナブル〉〈循環型社会〉は何十年も前からテーマとなっている。なぜ我々は変わることができないのか?」という率直な問いと、その要因、解決方法についてを投げかけた。それに対しメンサーは「人間は変化を嫌い、不確実性によるストレスや不安を抱える生き物だ。この変化の促進と人の性質を乗り越えるための具体的なソリューションを提示するなど、とっかかりはデザイナーが積極的につくっていくべきだ」と回答した。
さらに「アメリカの労働力は3割がクリエイティブクラスであり、育児や介護などもクリエイティブ領域と呼ばれる現在。デザインが様々な業界の交点となるためにいまできることは?」という齋藤の質問にインゴルドは、「そもそもクリエイティブという言葉に抵抗があり、そう呼ばれる人以外の人は受け手であるという考え方がよくない。クリエイティブおよびデザインは物事のプロセスであり、誰もが共有・実践し得るものである必要がある」。加えて、「地球というエコシステムのなかで、人間がピラミッドの頂点にいるような考え方は、逆に人間がこのシステムから取り残されることを意味する。人が果たすべき責任は人が実施していくしかない」と語った。
「人々はデザインによって認められるべき存在である」。「ワールド・デザイン・メダル 2023」受賞はパトリシア・ムーアに決定
WDO60周年を記念して2017年に設立された「ワールド・デザイン・メダル」は、専門職の確立に大きな貢献を果たした人物に対し顕彰されるものだ。2023年の受賞は、パトリシア・ムーア(アメリカの工業デザイナー、老年学者)に決定し、同カンファレンス内でメダルの授与式が執り行われた。
「私のキャリアを特徴づけていくのは、デザインや建築に忘れ去られた人たちにある」と語るムーアの活動で知られているのが、20代であった1979年から82年のあいだ、80歳の老女に変装し、アメリカやカナダを旅していたことだろう。幼い頃から「差別するデザイン」への気づきがあったというムーアは、大学で工業デザインや医学を学びつつも、そこにある無意識のジェンダー不平等や消費者の分断に関心を寄せた。老女への変装も、老化にともなう感覚的変化を自身で体験することで、人々や製品や反映するといった試みの一環なのだ。
そんなムーアが主張するのは「人々はデザインによって認められるべき存在である」ということだ。デザインはバイアスや偏見を取り払うために必要なプロセスであり、人々がこれからも繁栄していくための「共感」を生み出すものだと語ってくれた。
イギリス政府にはデザイナーが3000人以上? デザインはいかに「政策」に反映することができるのか
午後は「Session 1 - Humanity」「Session 2 - Planet」「Session 3 - Technology」「Session 4 - Policy」の4つのセクションによる分科会が実施された。昨日から様々な「デザイン」が定義されるなかで、それらは具体的に我々の社会や生活にどのように応用していくことができるのか。そのような問いから、「Session 4 - Policy」へ参加することにした。
このセッションでは田川欣哉(Takram株式会社 代表取締役)がモデレーターを務め、浅沼尚(デジタル庁デジタル監)、チーイー・チャン(台湾デザイン研究院 院長)、原川宙(経済産業省デザイン政策室 室長補佐)、ムハンマド・ニール・エル・ヒマーム(インドネシア観光・創造経済省 デジタル経済・クリエイティブプロダクツ担当副大臣)、アナ・ウィッチャー(PDR, アソシエート・リサーチディレクター)らがパネリストとして登壇。各者が担当してきたプロジェクトの事例を紹介するとともに、今後の未来に向けてデザインはどのような役割を担っていくことができるかといった議論が交わされた。
なかでも聴講者に驚きを与えたのは、ウィッチャーによるイギリス政府の取り組み紹介だ。現在イギリス政府には3000人以上のデザイナーがコミットしており、各省庁がデザインチームを運営。そのスキルを政策立案のために生かしている(そのうちの40人は「政策デザイナー」としての肩書きを持っている)。さらに、政策立案のためのラボも設けられており、市民とデザイナーらが協業しながらその策定を推進。堅固な政策立案プロセスをフレンドリーな取り組みへと変化させる工夫がなされていた。
この取り組みを牽引してきたウィッチャーは、「課題の設定、協業によるデザイン制作、フィードバック、改良、これらのサイクルをいかにスピード感を持って回していくか」「ビッグデータなどのインサイトにいかに人の顔を持たせ、根拠としていくか」「市民と協業するための安全なスペースとしてのラボ」の重要性を語った。そのいっぽうで、「公務員に対しデザインの重要性を伝えることは難しい。デザインは結果ではなくプロセスそのものであることを理解してもらう必要がある」というような苦悩を抱えている様子も見受けられた。
「ビッグデザイン」と「スモールデザイン」はいかに共存するのか
総合セッションでは、齋藤精一と、池田 美奈子(Humanity)、水野大二郎(Planet)、スザンヌ・ムーニー(Technology)、田川欣哉(Policy)が登壇。各分科会でモデレーターを務めた4人による成果報告がなされた。
そのなかで齋藤は、「ビッグデザイン(政策や企業など、大きなインパクトを与える視点)」「スモールデザイン(共感や、ローカルな視点)」といった大きく分けてふたつのデザインが存在し、これらをどのように同じプロトコル上で共存させていくかを議論していくことの必要性を、そして、この活動にはデザイナーのみならず、誰もが参加していくことが重要であることを語り、この世界会議の結論を集約させた。
「デザイン」とはいまや精巧につくられたビジュアルデザインのみを指す言葉ではない。そして「デザイン」「デザイナー」などといった言葉が専門性を確立させたと同時に、あたかもそれは特別であり、教養がなければ分かり得ないものだと考えられているケースも少なくない。真の意味は地球上で暮らしていくための創意工夫を指すものであり、誰もが日常的に行なっている行為でもあるのだ。
今回議論されたことを様々な立場で暮らす人々に伝えていくには、今後どのような政策、または個人の意識改革がなされる機会が必要なのであろうか。これについて長い目を持って考えていくのも、デザインと言える行為なはずである。