2023.4.28

美術館に泣き笑いの絵文字? 金沢21世紀美術館のコレクション展で探る、「形」と「精神」の関係

金沢21世紀美術館に、巨大なバルーンの泣き笑い絵文字が登場した。これは、「コレクション展1 それは知っている:形が精神になるとき」の出品作品のひとつだ。

展示風景より
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 金沢21世紀美術館で、同館の収蔵品を中心とした「コレクション展1 それは知っている:形が精神になるとき」が11月5日まで開催されている。担当キュレーターは黒沢聖覇。

 この展示に並ぶのは、1960年代から2023年に至るまでの幅広い年代の作品。絵画、立体、写真、映像、インスタレーションといった多様なメディアのコレクション作品と、展覧会に合わせて招へいされたアーティストの作品で構成されている。

 黒沢は、「形とは目に見える造形的なものだけではなく、夢や無意識、社会システムなどを含んでいる」としている。いっぽうの「精神」は、人類学者で社会学者のグレゴリー・ベイトソン(1904〜80)による、「形と形の相互の関係やそれぞれのパターンをつなぐ大きなネットワークとしての『精神 Mind』がある」という考えを参照したものであり、「関係性やネットワークのなかで立ち上がる大きな精神。形が相互作用しながら、大きな精神が立ち上がってくる様を見せるものとなっている」という。

 展示は展示室ごとにテーマが設定されており、「つながり合うパターン」「惑星的な結びつき」「意味の関係性」「幽霊の形/形の幽霊」「関わり合い」「熱と重力」「泣き笑いの知性」からなる。なかでもとくに注目すべきい作品をピックアップして紹介しよう。

 会場は、展覧会タイトルである「それは知っている」の着想源ともなったブラジル出身の作家リジア・クラークによる「動物」シリーズから始まる。この立体作品は、蝶番でつながれた複数の金属の板を自由に組み替えることで無数の形が生まれ、他者との関係性や創造力によって有機的に構築されるというもの。参加型で民主的な芸術の創造を目指し、ブラジルで主に1960年代に生まれたこの作品から、各展示室に設けられた「形」と「精神」をめぐる展示が展開されていく。

展示風景より、リジア・クラーク《動物─二重の蟹》(1960)と《動物─それ自身に》(1962)

 「惑星的な結びつき」セクションでは、新収蔵となった川内倫子の映像作品《M/E》と写真作品群が並ぶ。前者は「Mother Earth」(ME)と自分自身(ME)を意味するもので、アイスランドなど大自然の風景と川内の自宅周辺の日常風景で構成された作品。日常生活から遠く離れた場所も、すべてが地続きでつながっていることを再確認させるものだ。

展示風景より、川内倫子の展示室

 目に見えるものを否定したジョセフ・コスース。ネオンによって作品となった謎めいた「北極グマとトラは一緒に戦うことはできない。」というテキストはフロイトの言葉を引用したものだ。一節のみが意図的に抜き出されることで、本来の意味から切り離され、鑑賞者の意識のなかで新たな関係性を結ぶ。

展示風景より、左がジョセフ・コスース《北極グマとトラは一緒に戦うことはできない。》(1994)

 芸術活動による対話を通して人類が抱える危機を解決する道を模索するプロジェクト「人々のための国際連合」(pUN)を行っているペドロ・レイエス。《人々の国際連合 武装解除時計》は、メキシコの不法所持銃を素材として、楽器化したものだ。いまの世界情勢を考えるうえでも、暴力装置を平和的な精神へと置き換えるこの作品は重要な意味を示している。

展示風景より、ペドロ・レイエス《人々の国際連合 武装解除時計》(2013)

 田中里姫(招へい作家)とヴラディミール・ズビニオヴスキーのふたりは、ともにガラスを素材とした作品をガラスの展示室のなかで並べる。熱切り技法でそれぞれの口径を切り離し、薄いガラスの口元の凹凸を手磨きで仕上げ、繊細なガラスの曲面を生み出す田中。いっぽうのズビニオヴスキーは、光学ガラス(透過性と純度が高いガラス)の塊を石の上にぬるりと横たわらせ、荒々しい石と透明なガラスを対比させる。表現は違えど、どちらも自然の物理法則から生まれる形だ。

展示風景より、手前は田中里姫、奥はヴラディミール・ズビニオヴスキーの作品

 同じ透明感のある形でも、青木克世、樫木知子、イ・ブル、中川幸夫、沖潤子の展示室は「幽霊の形/形の幽霊」がテーマだ

 SFから古典的な神話に至る様々な文化的引用をもとに、未知のものへの恐怖や身体とテクノロジーの関係を表現するイ・ブルの「モンスター」シリーズや、樫木知子が幽霊的な存在をモチーフとして扱った《タイルの部屋》、死の装飾が植物的に増殖する青木克世の白磁の白一色による《予知夢XXXII》、ヴィクトリアンジャケットを解体した両袖部分に独自の文様を縫い、失われた身体を想起させる沖潤子の《ひばり》など、幽霊的な形を持つもの、あるいは幽霊のように形が崩れていくものが並ぶ。

展示風景より
展示風景より、イ・ブル《出現》(2001)と樫木知子《タイルの部屋》(2010)

 展示室に入ると度肝を抜かれるのが、本展最後を飾る「泣き笑いの知性」だ。巨大な展示室を天井まで埋めるバルーンは、松田将英(招へい作家)によるもの。これまで東京ミッドタウンなどでも話題を呼んだ作品だ。スマートフォンなどで用いられる泣き笑いの絵文字は、絵文字のなかでも近年世界でもっとも使用されているものだという。様々な解釈を含むこの絵文字の汎用性に着目した松田は、現代の精神の象徴としてこれを作品化している。

展示風景より、松田将英《The Big Flat Now》(2022)

 展示室それぞれに趣向を凝らした本展。冒頭にあるリジア・クラーク作品のように、鑑賞者それぞれが展示を自由に行き来し、形と精神の関係性を発見してほしい。