素数の周期によって生まれるずれと共鳴
本展での鑑賞体験に新たなニュアンスを加えるのが、音響の存在だ。入口上部の中2階に設置された指向性スピーカーからは、3つの異なるサウンドが空間へと放射されている。それらはそれぞれ47秒、61秒、73秒という素数の周期でループ再生されており、3つの音が再び同時に周期の始まりへと揃うまでには長い時間を要する。

そのため、会場内に立ち現れる音の重なりは同じ組み合わせを繰り返さず、時間の経過とともに常に移ろい続ける。ひとつの絵の前に留まっていても、聞こえてくる音響のテクスチャーが変化すれば、視覚から受ける印象や像の距離感も変質していく。また、鑑賞者が歩みを進め、立ち止まり、視線を巡らせる位置によっても音と絵の出会い方はその都度更新される。
批評家・文化研究者の山本浩貴が本展テキストで触れているように、池内が左耳に難聴を抱えた経験も音や制作への眼差しに大きな変化を与えた。
「左耳のイヤホンの充電が切れたような違和感から始まりました。でもそこから、音の聴こえ方や気配が大きく変わった。神経が剥き出しになって、直に空気に触れているような感覚。そういう時のほうが、すべてに対して繊細になって情報が入ってきやすくなるんです」
本展において、絵画が音を説明するのでも、音楽が絵画の背景へと退くのでもなく、それぞれが固有の時間と距離を保ちながら自律的に共鳴し合っている。
移ろう光とともに結び直される関係
会場となった京都市京セラ美術館の「光の広間」は、かつての中庭に大屋根を架けたガラス張りの空間であり、天窓から刻一刻と変化する自然光が差し込む。


時間帯や天候によって光の角度や色の見え方が移ろうことで、壁面に配された絵画の色彩や絵肌、さらには立体作品や、高さ10メートルほどのバナーも時間とともに緩やかに表情を変えていく。池内は、この建築的な特性を作品が立ち現れる「条件」として捉えているという。
「空間は背景ではなくて、関係を変化させる条件。順路も定まっていないので、行くタイミングや天候によっても感じ方が変わるはずです。『こう見なきゃいけない』という決まりはなくて、散歩するような、探索する感覚で見てほしいです」
あらかじめ完結した意味を提示するのではなく、関係が結ばれ、ほどけ、再び結び直されていく途上の状態そのものを提示すること。展覧会「Liminal」は、私たちが世界を「見ること」「聴くこと」のあわいにある豊かな広がりを体感させる場となっている。
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