回顧展「没後70年 映画監督 溝口健二」が国立映画アーカイブで開催へ。名スタッフの旧蔵資料から演出術の真髄に迫る

東京・京橋の国立映画アーカイブで、溝口健二の回顧展「没後70年 映画監督 溝口健二」が開催される。会期は8月11日~12月13日。

『露営の歌』(1938) 撮影スナップ (左から山路ふみ子、浦辺粂子、溝口健二、青島順一郎])国立映画アーカイブ所蔵

 東京・京橋の国立映画アーカイブで、溝口健二(1898〜1956)の初の本格的回顧展「没後70年 映画監督 溝口健二」が開催される。会期は8月11日~12月13日。小津安二郎(1903〜63)や黒澤明(1910〜98)と並んで日本映画を牽引し、その芸術性が世界的に評価された溝口の回顧展となる。

 溝口は1898年東京生まれ。青年期には画家を目指すものの、1920年に日活向島撮影所に入社。1923年に『愛に甦る日』を発表し映画監督の道を歩んだ。長回しや移動撮影を多用した表現と完全主義の演出に名高く、その作品はフランスのヌーヴェルヴァーグの作家たちやテオ・アンゲロプロス(1935〜2012)、アンドレイ・タルコフスキー(1932〜86)といった世界の映画人たちに多くのインスピレーションを与えた。

溝口健二のデスマスク (1956) 水谷浩作 国立映画アーカイブ所蔵

 本展は没後70年を記念して開催される。会場では生涯の業績や制作の手法、映画界への貢献などを辿るとともに、「溝口組」と呼ばれた製作陣が遺した資料を活用し、数々の傑作を生み出した演出術の全貌を紐解いてゆく。

苛烈な要求に応えた「溝口組」の遺産

 溝口は、デビュー作『愛に甦る日』(1923)を手がけたのち、関東大震災を経て拠点を京都へ移した。新興キネマ時代の『瀧の白糸』(1933)で声望を高め、全篇に当時の関西弁を用いた『浪華悲歌』(1936)や『祇園の姉妹』(1936)を発表し、リアリズムの追求によって第一の黄金期を築く。さらに、松竹時代には古典芸能に材を採った『残菊物語』(1939)や、巨大セットを組んだ『元禄忠臣蔵』前後篇(1941〜1942)を世に送り出した。戦後は、復活の一作『夜の女たち』(1948)に続き、『西鶴一代女』(1952)、『雨月物語』(1953)、『山椒大夫』(1954)がヴェネチア国際映画祭で3年連続受賞という前人未到の快挙を成し遂げ、その名声を世界へと轟かせている。

『元禄忠臣蔵 前篇』(1941)スチル 国立映画アーカイブ所蔵
溝口健二と依田義賢 (1940頃)国立映画アーカイブ所蔵

 本展では、完全主義の溝口の苛烈な要求に応え続けた「溝口組」メンバーの旧蔵資料が一堂に公開される。脚本の依田義賢(1909〜91)、撮影の宮川一夫(1908〜99)、美術の水谷浩(1906〜71)、音楽の早坂文雄(1914〜55)、助監督・記録の坂根田鶴子(1904〜75)、そして俳優の田中絹代(1909〜77)らによって各所で保管されてきた実物資料の数々を通じ、妥協なき映画芸術の背景にあった演出の真髄に迫る。

現場の熱気を伝える多様な資料と充実の関連企画

 展示室では、実物資料にとどまらず、映像展示、デジタル資料展示、音楽展示といった多様な形式で資料が紹介される。なかでも、撮影現場で実際に使用された台本と完成した映像を見比べることができる展示は、文字と言葉がどのように映像表現へと昇華していったのかを視覚的に確認できる試みとなっている。また、各章の合間には、溝口映画を支えた「脚本」「美術」「撮影」「音楽」に焦点を絞る特集コーナーが設けられ、名スタッフたちの功績も顕彰される。

『残菊物語』(1939)脚本 国立映画アーカイブ所蔵
『赤線地帯』(1956)衣裳スケッチ 水谷浩画 国立映画アーカイブ所蔵

 さらに会期中には、佐相勉、木下千花、長門洋平ら専門家を招いたギャラリートークが3回にわたって開催されるほか、東京国際映画祭との共催による上映企画「TIFF/NFAJクラシックス 没後70年 映画監督 溝口健二」も予定されている。日本映画の金字塔を打ち立てた巨匠の足跡と、それを支えた製作陣の息吹を多角的に体感できる機会となりそうだ。

編集部

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