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「マリー・アントワネット・スタイル」(横浜美術館)開幕レポート。アントワネットの「モード」はいかに継承されたのか

横浜美術館で、18世紀のフランス・ブルボン朝の王妃、マリー・アントワネット(1755〜92)の美意識や思想に迫る世界巡回展「マリー・アントワネット・スタイル」が開幕した。会期は11月23日まで。

文・撮影=安原真広

右手前3点がミレーナ・カノネロによる映画『マリー・アントワネット』(ソフィア・コッポラ監督、2006)の衣装。マカロンの色彩に影響を受けデザインされたという

 横浜美術館で、フランス国王ルイ16世(1754〜93)の王妃、マリー・アントワネット(1755〜92)の美意識や思想に焦点を当て、その歴史的意義を再検証する世界巡回展「マリー・アントワネット・スタイル」が開幕した。会期は11月23日まで。本展はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が企画した巡回展。企画者はV&Aシニア・キュレーターのサラ・グラント、横浜美術館の担当は横浜美術館主任学芸員の長谷川珠緒。

 マリー・アントワネットは1755年、神聖ローマ皇帝フランツ1世と女帝マリア・テレジアの14女としてウィーンで誕生。14歳で仏皇太子(後のルイ16世)に嫁ぎ、ヴェルサイユ宮廷の華麗な文化の発信者して名を馳せた。しかしその贅沢な暮らしや流言飛語により、深刻な財政難に苦しむフランス国民の怨嗟の対象となる。1789年にフランス革命が勃発すると、祖国オーストリアへの逃亡を図った「ヴァレンヌ事件」の失敗で国民の信頼を完全に失い、国王一家は幽閉。王政廃止を経て、国家に対する反逆罪などに問われ、37歳のときにパリの革命広場にてギロチンにより処刑された。

ジャン=フランソワ・ジャニネ(ジャン=バティスト=アンドレ・ゴーティエ=ダゴティの作品による)《フランスおよびナヴァールの王妃、オーストリアのマリー・アントワネット》(1777、原作:1775)

 贅沢三昧をした末に国民の怒りを買い処刑された王妃というイメージが強いアントワネットだったが、その評価を大きく変えるきっかけとなったのが、ヴィンセント・クローニンによる伝記『Louis and Antoinette(ルイとアントワネット)』(コリンズ刊、イギリス、1974)であった。以降、若くして王家に嫁ぎながらも、悩みながら王宮の文化を整え、また教育にも熱心だったというアントワネットの姿が共有されるようになった。小説家、アントニア・フレーザーの原作をもとに、ソフィア・コッポラ監督(1971〜)映画化した『マリー・アントワネット』(2006)もこうした物語の典型といえるだろう。本国フランスでは革命政府の敵であったアントワネットが、イギリスという立憲君主制を維持する近隣国によって盛んに研究され、本展がイギリスの館により企画されたということも、本展の背景として踏まえておくとおもしろい鑑賞体験になるはずだ。

会場に設置された、池田理代子『ヴェルサイユのばら』が本展とコラボレーションしたパネル

 なお、日本においてもアントワネットの人気は非常に高く、とくに池田理代子によるマンガ『ベルサイユのばら』(1972〜73)の主人公格として広く知られる。同作は74年に宝塚歌劇団により舞台化、現在も同劇団の代表作として演じ続けられるなど、幅広い世代において高い知名度を誇っている。