横浜美術館で、フランス国王ルイ16世(1754〜93)の王妃、マリー・アントワネット(1755〜93)の美意識や思想に焦点を当て、その歴史的意義を再検証する世界巡回展「マリー・アントワネット・スタイル」が開幕した。会期は11月23日まで。本展はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が企画した世界巡回展。企画はV&Aシニア・キュレーターのサラ・グラント、横浜美術館の担当は横浜美術館主任学芸員の長谷川珠緒。
マリー・アントワネットは1755年、神聖ローマ皇帝フランツ1世と女帝マリア・テレジアの11女としてウィーンで誕生。14歳で仏皇太子(後のルイ16世)に嫁ぎ、ヴェルサイユ宮廷の華麗な文化の発信者して名を馳せた。しかしその贅沢な暮らしや流言飛語により、深刻な財政難に苦しむフランス国民の怨嗟の対象となる。1789年にフランス革命が勃発すると、祖国オーストリアへの逃亡を図り失敗した「ヴァレンヌ事件」で国民の信頼を完全に失い、国王一家は幽閉。王政廃止を経て、国家に対する反逆罪などに問われ、37歳のときにパリの革命広場にてギロチンにより処刑された。

贅沢三昧をした末に国民の怒りを買い処刑された王妃というイメージが強いアントワネットだったが、その評価を大きく変えるきっかけとなったのが、ヴィンセント・クローニンによる伝記『Louis and Antoinette(ルイとアントワネット)』(コリンズ刊、イギリス、1974)であった。以降、若くして王家に嫁ぎながらも、悩みながら王宮の文化を整え、また教育にも熱心だったというアントワネットの姿が共有されるようになった。小説家、アントニア・フレーザーの原作をもとに、ソフィア・コッポラ(1971〜)が映画化した『マリー・アントワネット』(2006)もこうした物語の典型といえるだろう。本国フランスでは革命の標的であったアントワネットが、イギリスという立憲君主制を維持する近隣国によって盛んに研究され、本展がイギリスの館により企画されたということも、本展の背景として踏まえておくとおもしろい鑑賞体験になるはずだ。

なお、日本においてもアントワネットの人気は非常に高く、とくに池田理代子によるマンガ『ベルサイユのばら』(1972〜73)の主人公格として広く知られ、同作は74年に宝塚歌劇団により舞台化、現在も同劇団の代表作として演じ続けられるなど、幅広い世代において高い知名度を誇っている。
第1章「マリー・アントワネット:スタイルの源泉 1770―1793」
本展は3章構成。第1章「マリー・アントワネット:スタイルの源泉 1770―1793」では、アントワネットが宮廷の旧来の慣習に挑みながら、新たな視点を持ち込んでファッションや織物産業に大きな影響を与えたその功績に迫る。


本章では、1760〜80年代にフランスの宮廷文化のなかで使用されていた、ドミノ(舞踏会用の外套)、ボディス(上衣具)、ローブ、靴などが展示され、アントワネットが生きた時代の宮廷文化の一端を知ることができる。とくにアントワネットの時代のスタイルとして象徴的なものが前開きのガウン、ストマッカー(胸当て)、パニエで左右を大きく広げたペチコートの3つの要素で構成されたローブ・ア・ラ・フランセーズで、後世の衣装デザインにも影響を与えた。宝飾も宮廷文化においては重要なものであり、エグレット、ネックレス、ドレスの装飾にいたるまで、羽根やボウの形状を中心に様々な装飾具がつくられ、ダイヤモンドを全身に身に着けていた。

「モード商」と呼ばれた帽子職人やファッション商が次々に新たなスタイルを提案したこの時代においては、衣服のみならず帽子や扇子といった小物や独創的な髪型も、貴族たちのスタイルをつくる重要な要素であった。会場に展示されている、1783年に原作がつくられた作者不詳のアントワネットの胸像を見れば、髪、アクセサリー、小物などの工夫にあふれた着こなしを感じられ、彼女がモードを体現する存在であったことが伝わってくる。

生活の空間においてもアントワネットは自身の美意識を突き詰めていった。彼女はヴェルサイユ宮殿の敷地内につくられた離宮「プチ・トリアノン」 を自身の好みを反映した空間につくり変え、ヨーロッパ中で評判を得ることになる。化粧室で使用していたという肘掛け椅子(1788)のクッションには小花柄があしらわれ、白や紫を配した軽やかな色合いなどから、彼女の趣向がよく伝わってくる。


このように、アントワネットは時代の流行をつくり出すアイコンだったが、同時に新しい時代の母親でもあった。当時、ジャン=ジャック・ルソー(1712〜78)の啓蒙思想が浸透し、子育てに「愛情」が必要という考えが取り入れられるようになる。アントワネットも献身的に子育てをし、フランス王家で初めて母乳育児を実践した。本展では王太子誕生を祝う扇子や皿などが展示されているが、そこにも親子の愛情や母乳といったアイコンが表現されている。


しかし、1780年代に入るとアントワネットの国民からの人気は陰りを見せ始める。贅沢で乱れた生活をしている、という噂が広まり、風刺画に描かれたり、批判的な演劇の登場人物にされるといったかたちで評価が低下。やがて国家の災いの元凶とまでされるようになった。89年にフランス革命が起こり、91年にパリからの脱出を試みたもの、結局は捕われてしまい93年にギロチン刑に処せられた。会場には、アントワネットの首をはねたものとされる革命に用いられたギロチン刃や、処刑日に型取りされたというデスマスクの蝋製胸像の写真などが並ぶ。
第2章「マリー・アントワネット:追憶と偶像化 1800―1940」
第2章「マリー・アントワネット:追憶と偶像化 1800―1940」は、19世紀以降のアントワネットの再評価を取り上げる。革命後のフランスは共和制、帝政、王政と政治体制が目まぐるしく入れ替わることになるが、アントワネットがとくに再評価されるようになったのは、1852年に始まるナポレオン3世の第二帝政の時代だった。


ナポレオン3世の后であるウジェニー(1826〜1920)らは、アントワネットのスタイルを回顧するとともに、自身のイメージづくりにも活用した。これにならい、新興のブルジョワたちも、自らの家柄に箔をつけようと、アントワネットのスタイルを模倣するようになっていった。

20世紀に入ると、ジャンヌ・ランバン(1867〜1946)のようなアール・デコ期のクチュリエたちがアントワネットのスタイルを、ファッション・デザインに積極的に取り入れる。ランバンの《イヴニング・ドレス》(1922-23頃)はアントワネットのシュミーズ・ドレスを再解釈し、イヴニング・ドレスに仕立てたもの。映画女優のカタリナ・バルセナ(1888〜1978)が着用した。
こうした動向の背景には第一次世界大戦(1914〜18)もある。残虐かつ非人間的なこの戦争によって、進歩史観や啓蒙への期待は後退し、その代わりにアントワネットが生きた18世紀を輝かしい時代として評価する向きが強くなった。アール・デコ期の代表的な挿絵画家、ジョルジュ・バルビエ(1882〜1932)は、18世紀のモードを研究し、アントワネットを思わせる人物を当時のファッションとともに自らの絵に頻繁に登場させている。
第3章「永遠(とわ)に新しく─マリー・アントワネット・スタイル」
最後となる第3章「永遠(とわ)に新しく─マリー・アントワネット・スタイル」では、ファッションを中心に、近年のアントワネット像の受容を紹介する。

ファッション写真の大家、ティム・ウォーカー(1970〜)が、ケイト・モス(1974〜)をモデルに撮影した《ケイト・モス、リッツ・パリにて(サラ・バートンのデザインのアレキサンダー・マックイーンのドレス、ヴァンクリーフ&アーペルのネックレス、ジュリアン・ディスのヘッドドレス)》(2012、『ヴォーグ』アメリカ版2012年4月号掲載)は、現代のモードにおいても、アントワネットのエッセンスが有効であることを端的に示している。モスが着用した青いドレスは、アレキサンダー・マックイーン(1969〜2010)亡きあとに、ブランドのディレクターを引き継いだサラ・バートン(1974〜)の手によるもので、18世紀に流行したロココ朝の優美な曲線があしらわれている。アントワネットの時代が喚起するイメージが、ファッションの前線にいる制作者たちにとっても重要な発想源となっていることがわかる。

ジェレミー・スコット(1974〜)はディレクターを務めるモスキーノの2020-21秋冬コレクションで、アントワネットスタイルを大胆にアレンジした。ローブにデニムパンツを組み合わせ、アニメ柄のパニエドレスなど、18世紀の王朝文化のルールを逸脱させ、現代の表現に落とし込んでいる。

グッチからヴァレンティノに移籍したアレッサンドロ・ミケーレ(1972〜)が、初めて手がけた2025年春のオートクチュールコレクション。このコレクションでミケーレは、アントワネット・スタイルのパニエを大きく張り出させ、そのシルエットの大胆さをより強調して見せている。

また、本章ではソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』の衣装も展示されている。衣装をデザインしたミレーナ・カノネロ(1946〜)は当時のスタイルにマカロンの箱から着想したというパステルカラーやネオンカラーを組み合わせ、時代考証と現代性を高度に融合させた。
本展はマリー・アントワネットが活躍した18世紀の宮廷文化を振り返るだけでなく、当時のモードがいかに現代の美意識を刺激し続けているのかを丁寧に接続する展覧会と言えるだろう。キーワードとなっている「モード」は、つねに移り変わり、価値が変動しつづけるものだが、そのたびにアントワネットのスタイルは再評価され、各時代の人々の心を捉える。本展はアントワネットを起点に、文化の継承がじつに多様で奥深いかたちで行われているのかを教えてくれる展覧会と言えるだろう。






































